アレンパの使者になってくれ! 阪神は20日、育成選手だった高橋遥人投手(28)、佐藤蓮投手(26)、川原陸投手(23)の3人と支配下契約を結んだことを発表した。背番号は高橋が「29」、佐藤蓮が「98」、川原が「92」に決定。1日に3人の育成選手が支配下登録されるのは球団初となった。この日チームは首位広島に敗れて4連敗。前半戦のBクラスターンが確定した。球団初のセ・リーグ連覇に向け、後半戦でチームを救う快投に期待がかかる。
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晴れ渡った青空のもと、高橋が再びスタートラインに立った。午前中から鳴尾浜には多数のメディアが集結。「なんでこんな人いるんだろう」と不思議に思っていたが、数時間後には理由が分かった。囲まれたカメラに向かい、感謝と決意を言葉に込めた。
「ここまでずっと何年も投げることができなかったので、それを返せるように。ここからまた、頑張っていこうと思いました」
昨年11月に育成契約を結び、約8カ月での支配下復帰。背番号は入団時からの29番に決定した。球団からは「戦力になってくれることを期待している」と伝えられ、「期待に応えられるように精いっぱいやるだけです」と気合をにじませた。
たび重なる手術から立ち上がった。21年11月に左肘のクリーニング手術。その後も状態が上がらず、22年4月にはトミー・ジョン手術、23年6月には「左尺骨短縮術」および「左肩関節鏡視下クリーニング術」も重ねた。リハビリ期間は焦りもあった。それでも、苦しんだ時間が自らを大きくさせてくれた。
「すごくもどかしい悔しい気持ちもあったけど、ケガをしたことで知らない世界とか、いろいろな人の支え、ケガをしている人の苦しみも分かった。人間的には大きくなれたと思う」
リハビリを乗り越え、今年4月の2軍戦で893日ぶりに実戦復帰。登板を重ね、7月13日の2軍広島戦には復帰後最多103球を投げるまでに段階を進めた。慎重に、復活への道のりを歩んできた。
この日、チームは広島に2夜連続の「1-0」完封負け。4連敗で首位と3・5差に離され、前半戦のBクラスターンが確定した。球団初のセ・リーグ連覇へ、巻き返しが必要となる後半戦。救世主となれるか、大きな期待がかかる。
もちろん左腕に油断はない。「1軍の戦力になれるように。これからもっと状態を上げていければ」。目指すは21年のCS巨人戦(甲子園)以来の1軍マウンド。完全復活に向け、大きな1歩を踏み出した。【波部俊之介】
◆高橋遥人(たかはし・はると)1995年(平7)11月7日生まれ、静岡県出身。常葉学園橘2年夏に甲子園出場。亜大を経て17年ドラフト2位で阪神入団。20年10月5日巨人戦での14奪三振は、同カードでは小山、村山、江夏に続く球団史上4人目(延長戦をのぞく)の快挙だった。181センチ、79キロ。左投げ左打ち。
◆佐藤蓮(さとう・れん)1998年(平10)4月11日生まれ、静岡県出身。飛龍-上武大を経て20年ドラフト3位阪神入団。同期には佐藤輝、伊藤将、村上、中野、石井らがいる。189センチ、103キロ。右投げ右打ち。
◆川原陸(かわはら・りく)2000年(平12)12月12日生まれ、長崎県出身。創成館では3年の春夏に甲子園連続出場。夏の1回戦創志学園で、現阪神の西純矢と投げ合い敗退。18年ドラフト5位で阪神入団。186センチ、89キロ。左投げ左打ち。
<阪神高橋のこれまで>
▼初勝利 17年ドラフト2位で亜大から入団。18年4月11日の広島戦で初登板初先発し、プロ初勝利。左肩の不調で6月半ばから2軍調整が続き、1年目は6試合で2勝3敗、防御率3・63。
▼100回超 19年は5月に1軍昇格して19試合に先発。109回2/3を投げ3勝9敗、防御率3・78。
▼出遅れ 20年は左肩のコンディション不良で2軍スタート。同年は12試合の登板ながら自己最多5勝(4敗)で防御率2・49。
▼筋挫傷 21年は2月に右脇腹の筋挫傷で離脱。復帰は9月だったが、7試合で4勝2敗、防御率1・65と快投を連発。
▼手術 21年11月に左肘のクリーニング手術。22年4月には左肘トミー・ジョン手術を受けた。23年6月には「左尺骨短縮術」および「左肩関節鏡視下クリーニング術」を受けた。左腕に複数回メスを入れ、2年連続で実戦登板なし。
▼結婚 23年11月に一般女性との結婚を発表。
▼復活へ 23年11月に術後初めて捕手を座らせ本格投球。今年1月には143キロを計測。4月7日に打撃投手として打者と対戦。同10日はシート打撃に登板。
▼実戦復帰 4月17日のウエスタン・リーグのオリックス戦で、893日ぶりとなる実戦復帰。1回無失点、最速147キロ。
▼完投 7月13日のウエスタン・リーグ広島戦で、実戦復帰後最長の8回、同最多の103球を投げ切り完投負け。同リーグで9試合に登板し0勝3敗、防御率3・09。32イニングで35奪三振。