【ヤクルト】42歳青木宣親、引退試合マルチ安打締め 全員「23」登場曲変更、盟友石川と熱い抱擁

ヤクルト対広島 7回表途中からマウンドに登るヤクルト石川(右)と抱き合う青木(撮影・横山健太)

<ヤクルト5-3広島>◇2日◇神宮

最後まで華麗に舞った。球界野手最年長42歳のヤクルト青木宣親外野手が、広島戦で引退試合に臨んだ。ヤクルトの選手や監督ら全員が青木の背番号「23」を背負い、青木の登場曲を演奏するロックバンド「GLAY」の曲を使用。青木一色に染まった神宮で、慣れ親しんだ「1番中堅」でスタメン出場し、マルチ安打をマーク。日米通算21年の希代のバットマンは、惜しまれながらユニホームを脱いだ。

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神宮に「23」が、あふれた。青木を筆頭に、他の選手、高津監督、コーチ陣も全員が背番号「23」を背負った。一塁側だけではなかった。球団マスコット「つば九郎」も、ボールボーイも、青木の「23」を背中に刻んだ。

視覚だけではなく、聴覚も青木一色に染まった。ヤクルトの面々は、全員が登場曲を変更。青木の“出ばやし”はGLAYの「BELOVED」で、それにちなみ、村上も、オスナも、サンタナもGLAYの曲で打席へ向かった。

青木の表情が一段と明るくなったのは、5点リードの7回の守り。2死二、三塁で球界最年長44歳の石川が、右翼側のブルペンから静かにマウンドへ向かった。青木も中堅からマウンドへ。盟友と抱き合うと、石川から「お疲れさま」と声をかけられ、うれしそうに外野へ戻った。

酸いも甘いも知るベテラン2人。2点を失ってから3アウト目を奪うと、石川はベンチに戻らず、マウンド付近で青木を待った。青木も一目散に石川の元へ。さらに熱い抱擁で言葉を交わし、石川から腰付近をたたかれた。石川の目には光るものがあった。

師と仰ぐ村上は、試合前から涙腺が崩壊した。声出しを任されたが、顔を真っ赤にして「笑顔で行きましょう!」と、絞り出すので精いっぱい。見かねた青木が右拳を突き上げ「さぁ、行こう!」と子どものように、はしゃぎ、場を和ますしかなかった。

日米通算21年。最後とは思えないほど、にぎやかだった。試合前練習では、徳永英明の「レイニーブルー」が、神宮に流れた。ただ、これは青木のカラオケバージョン。体を張った青木は「ありがとう」と自虐ネタで笑いを取った。2回の第2打席に痛烈な左前打を放てば、6回の第4打席では右翼線への二塁打。引退とは思えない、いつもの青木が神宮にいた。【栗田尚樹】

◆青木の主な記録 NPBでシーズン200安打以上を2度記録したのは青木しかいない。日米通算2730安打(日本1956本、米国774本)はイチローの4367安打に次ぐ2位。ちなみにNPBだけで2730安打以上を打ったのは張本勲3085、野村克也2901、王貞治2786の3人だけだ。通算打率3割1分3厘2毛は4000打数以上で6位。

◆青木宣親(あおき・のりちか)1982年(昭57)1月5日、宮崎県生まれ。日向-早大を経て03年ドラフト4巡目でヤクルト入団。05年にイチローに次ぐプロ野球2人目のシーズン200安打を達成し新人王。10年にプロ野球唯一となる2度目の200安打達成。首位打者3度、最多安打2度、最高出塁率2度、盗塁王1度。ベストナイン、ゴールデングラブ賞各7度。11年オフにポスティングシステムで大リーグのブルワーズに移籍。アストロズ時代の17年6月に日米通算2000安打達成。18年にヤクルト復帰。21年に初の日本シリーズV。08年北京五輪、06、09、17年WBC日本代表。175センチ、80キロ。右投げ左打ち。今季推定年俸1億4000万円。

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