<番記者プロデュース>
中日のファーム本拠地、ナゴヤ球場のバックネット裏のスタンド後方に「球場神社」がひっそりたたずむ。球団は年に1度、シーズン開幕前の3月に熱田神宮の宮司を招いて「球場例祭」を行い、優勝、選手の健康などを祈願。昭和の時代からナインを見守ってきたドラゴンズの神様だ。【取材、構成=石橋隆雄】
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9月になっても暑さが厳しいナゴヤ球場。バックネット裏のスタンド上部に、青いネットで囲まれた鳥居とほこらがある。人目に触れにくい場所にたたずみ、選手たちを見守っている「ナゴヤ球場神社」だ。
浅山鉄也球場長(53)は「ドラゴンズ全体の神様。年に1回、熱田神宮の宮司さんを呼んで必勝祈願、選手の健康などを祈願します。優勝、ケガなくプレーできるようにということですね」と話す。今年も3月5日に「球場例祭」が行われ、球団社長や落合英二2軍監督(56)が参加した。一般人の参拝はできない。
2010年(平22)に改装工事を行い、球場玄関などを新しくした時から現在の形となっている。歴史は古い。球場を管理するナゴヤドームの資料によれば、戦後、紡績工場の跡地にナゴヤ球場の前身中日スタヂアムが誕生し、池のほとりに氏神様がまつられていたという。1963年(昭38)の球場大改修の際に右翼席の裏に移され、80年に神殿、鳥居を新しくし「球場神社」と命名された。
ナゴヤ球場では、高木守道、星野仙一、宇野勝ら多くのスタープレーヤーが輝かしい歴史をつくってきた。スコアボードが中堅ではなく右翼寄りにあり、外野席の入り口は中堅1カ所。球団の荻巣高英広報部長(49)は「小学生のころ、外野席に観戦に行くと、スコアボードの裏に大きな鳥居が見えましたね」と懐かしむ。1軍の試合は96年まで開催。ナゴヤ球場に通っていたオールドファンにとっては、思い出深いスポットだ。1軍がナゴヤドーム(現バンテリンドーム)に移り、鳥居もコンパクトになった際に、名前も「球場神社」となった。文字は昨年10月に96歳で亡くなった白井文吾元オーナーが書いたもので、思い入れも強かった。
今年1月、球団はナゴヤ球場の老朽化に伴い、ファーム施設の移転、新球場建設に着手したことを明かした。「球場神社」も一緒に新天地に移るのか、今後についてはまだ何も決まっていない。
現在、1軍は13年ぶりのCS進出へ、必死に戦っている。2軍もウエスタン・リーグ優勝を争っている。ドラゴンズの神様は、その戦いぶりを静かに見守り続けている。
◆「球場神社」の御祭神 無病息災などの神様の熱田大神、商売繁盛の神様の伏見稲荷大神、物事をよい方向に導く神様の猿田彦大神が祭られている。
■編集後記 今年から中日担当になった。キャンプが終わり、ナゴヤ球場の取材スペースである球場と室内練習場の間の場所で、ふと空を見上げると、ほこらが目に入ってきて驚いた。ナゴヤ球場で1軍戦が行われていたことを知るスタッフも少ない中、球団、管理するナゴヤドームの協力のもと、調べていくと歴史のある神社だった。
今季は細川、福永、木下、高橋周ら長期離脱の大けがも多かったが、いずれもプレー中のもの。それ以上悪化しなかったのは、球場神社のおかげとも思ってしまう。球団の黄金期も低迷期も見守ってきた。ナゴヤ球場がなくなったあとは、移転先の新ファーム球場かバンテリンドームに移して、これからもドラゴンズの神様として祭ってほしい。