【巨人】田中将大の原点回帰 野村克也さんから口酸っぱく言われた「外角低め」見直し偉業 

巨人対中日 日米通算200勝を達成した巨人田中将は笑顔でボードを掲げる(撮影・浅見桂子)

<巨人4-2中日>◇30日◇東京ドーム

マー君が金字塔を打ち立てた。巨人田中将大投手(36)が9月30日の中日戦(東京ドーム)に先発して6回4安打2失点で今季3勝目をマーク。3点リードの3回2死一塁から細川に2ランを浴びるも、粘りを見せた。登板最終の6回は3者凡退に抑え、リードを保ったまま救援陣に託した。大台まで“あとひとつ”としてから4度目の挑戦。今季レギュラーシーズン最終登板で、史上4人目の日米通算200勝を達成した。

   ◇   ◇   ◇

苦しんだ分だけ感慨もひとしおだった。試合終了の瞬間、田中将は両手を掲げて満面の笑みを浮かべた。チームメートからのウオーターシャワーや小学校時代からの幼なじみ坂本、エース戸郷との抱擁。かつて登場曲にも使用していた「FUNKY MONKEY BABYS」の代表曲「あとひとつ」の大合唱。球場全体が祝福ムードに包まれ「感無量です。まだ今ちょっとふわふわしている感じですかね」と率直な思いを口にした。

近いようで遠い“あと3勝”だった。4月3日の中日戦で移籍後初登板&初勝利をマークしたが、それからは長い足踏み。試行錯誤の段階だったとはいえ、2軍戦で打たれる日もあった。年齢を重ねるにつれてうまくいかないことも増え「若い頃と比べていろんなことを考える時間が多くなった」。昨季はプロ入り後初めてシーズン未勝利に終わった。この日の勝利で日本復帰後の21年から積み重ねた勝ち星は23勝目。これは13年に1シーズンでマークした24勝よりも少ない。

あの時も苦しい日々だった。メジャー4年目の17年。「自分の中でどうしたらいいんだというぐらい全然結果が出なくて」。名門ヤンキースで3年連続開幕投手を務めるも、2回2/3を8安打7失点でノックアウト。その後も前半戦は8登板連続白星なしの屈辱を味わった。そんな危機感が田中将を変えた。「メンタルコーチもいたので、物事の考え方であったり、処理の仕方を学びました」。終わってみればシーズン13勝を挙げ、ポストシーズンでも活躍した。「その辺が(野球人生の中で)ポイントだった」と振り返る。

どんな時でも根底にあったものがある。それは「野球が好きというところと、もっとうまくなりたい」。今季も長い2軍暮らしが続いていた中でも「苦しいのは間違いないけど、チームが戦うことに関しては関係ない」と若手選手にアドバイスを送る姿があった。そんな姿勢があったから、久保巡回投手コーチら2軍首脳陣も手を差し伸べ続けた。田中将も「適当にやってちゃ、若い子たちが多い中で先発をする機会は得られない」と胸を張った。

常日頃から「積み重ね」という言葉を口にする。夏の甲子園3連覇を目指した駒大苫小牧時代。楽天、ヤンキース、巨人での経験や出会い。全てが積み重なって今の“田中将大”がある。今年の春先にも「積み重ね」を実感する一幕があった。桑田2軍監督らと外角低めのボールの精度を見直した。それはプロ1年目の時に監督だった野村克也さんから口酸っぱく言われ「若い時に一番練習していた」ボール。偶然か必然か。原点回帰する機会を得たことに「大切なことは変わらず自分の中にあるのかな」と実感を込めた。

学生時代から20年以上マー君の愛称で親しまれ、第一線を走り続けてきた。今の姿は全盛期の頃とは程遠いのかもしれない。それでも「本当にいろいろなことがありました。苦しかったですけど、時間かかりましたけど、なんとか乗り越えることができてこの数字にたどり着けた」。さまざまな苦悩を乗り越え、ついに金字塔を打ち立てた。【水谷京裕】

◆200勝 日米通算を含め、田中将以外に00年以降の200勝達成者は04年工藤、05年野茂、08年山本昌、16年黒田、24年ダルビッシュの5人だけ。田中将に次ぎ現役で通算勝利が多いのは45歳のヤクルト石川がNPB通算188勝。楽天岸が170勝、中日涌井が166勝で続く。日米通算ではヤンキース傘下3Aの前田が165勝(日本97勝、米国68勝)。なお、来日した外国人投手が日米通算200勝を記録した例はなく、過去の来日外国人で最多は88、89年に巨人でプレーしたガリクソンの183勝(日本21勝、米国162勝)。

◆田中将大(たなか・まさひろ)1988年(昭63)11月1日、兵庫県生まれ。小学6年の時、昆陽里(こやのさと)タイガースで坂本勇人(現巨人)とバッテリー(田中将が捕手)。駒大苫小牧2年夏に甲子園優勝。3年夏は斎藤(早実)と投げ合い決勝再試合の末、準優勝。06年高校生ドラフト1巡目で楽天入団。07年新人王。13年はプロ野球新記録の開幕24連勝をマークし、楽天を初の日本一に導いた。同年オフにポスティングシステムでヤンキース移籍。14~19年に日本人大リーガー最長の6年連続2桁勝利。21年楽天復帰。昨年オフに契約交渉がまとまらず、自由契約となり巨人移籍。188センチ、97キロ。右投げ右打ち。夫人はタレントの里田まい。

◆日本プロ野球名球会 日米通算200勝をマークした田中将は、名球会入りの資格を得た。名球会は78年に設立され、野球振興、社会貢献を目的にする団体。入会資格は日米通算で投手なら200勝または250セーブ、打者なら2000安打以上。入会資格に相当する記録保持者が、特例で入会する制度もある。理事長は古田敦也氏。