元ファイターズガール工藤彩音「あと数時間」から奇跡的復活の父のため芸能活動に奮闘

インタビューに応じる工藤

元ファイターズガールのタレント工藤彩音(23)が、本格的に芸能活動を始めて1年が経過した。社会福祉士を目指して勉強していた大学時代に、きつねダンスでブレークして環境が一変。応援してくれるファンの存在、そして病に倒れた父のために選んだ道で、奮闘を続けている。

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「大好き」な北海道を拠点に芸能活動をはじめた工藤は、週2本のレギュラーラジオ番組やテレビCM出演などをこなしてきた。中学生のときにスクールカウンセラーに救われた経験から、大学では心理学を学び、社会福祉士や精神保健福祉士を目指していた最中、ファイターズガールに加入。きつねダンスでブレークし、環境は一変した。

「イベントとかテレビの出演が増えちゃって、全然学校に行けなくなっちゃったんです。国家試験に必要な授業の単位も取れなくて…。それと(Fガール時代に)すごく応援してくれたファンの方々に恩返しもできないまま終わっちゃったから」

大学卒業で就職について考えたとき、「人前に出ることは苦手だし、向いていない」という工藤が、それでも芸能の仕事を選んだのは、応援してくれている人がいたから。なにより、一番近くにいた「お父さんのことがあった」からだという。

父直樹さんがくも膜下出血で倒れたのは23年4月。工藤が大学3年生、Fガール2年目のときだった。授業中に母からLINEが届いた。「パパが倒れた」。勤務先から救急車で運ばれたが、医師には「あと数時間がヤマ場」と告げられる重症だった。

「朝まで元気だったのに…病院に行ったらベッドで寝かされていて。1日生き延びられたら、次の日も『また今夜がヤマです』と。『1週間生きられたらいいと思います』とも言われて…。私は毎日病院に行ってました。でもその間もファイターズガールの活動はあったから、試合が終わったらお父さん死んでるかもしれない…って思いながら踊ってました」

Fガールになったきっかけは父だった。日本ハムの大ファンで、小さい頃から観戦で札幌ドームに連れられた。小3でダンスアカデミーに入ると、「グラウンドで踊る楽しさを知った」。Fガール1年目の22年は欠かさず札幌ドームに足を運んでくれた父。だが楽しみにしていたエスコンフィールド開業の23年、父が娘の雄姿を見に新球場に通うことはなかった。

2度の手術と長期間の入院、リハビリを経て、父は「奇跡的に」日常を取り戻した。

「今もちょっと記憶障害はあるんですけど、手足のまひはなくて、それはすごく奇跡。お父さんは私が落ち込んだりとかしていても、直接『大丈夫か』って言ってくれるんじゃなくて、黙ってケーキを買ってきてくれたり、『ちょっと景色でも見に行くか』とドライブに連れていってくれたりするような人。エスコンで私が踊っている姿をしっかり見せられないまま卒業しちゃった。お父さんのために表に立って活動、活躍をしている姿を見せたいなっていう思いもあって、芸能のお仕事をしようと思いました」

いまはまだ、“活躍”といえるほど多くの仕事をこなしているわけではない。それでも父はたびたび、ラジオの中継先まで駆けつけて応援してくれる。

「あまりうまくしゃべることができていないラジオも聞いてくれていて…あんまり聞いて欲しくないんですけど(笑い)。でもそうやって応援してくれるのはうれしいです。このお仕事はやりたいと思っても誰でも簡単になれる仕事ではないと思います。だからいまは、周りの方々に感謝しながら、一生懸命やろうと思っています。もっとテレビに出られるようになったりだとか、自分に実力をつけられるように頑張っていきたいです」

支えてくれる人たちへの恩返しを胸に、工藤は自ら選んだ芸能の道で、2度とない今を大切に過ごしている。

◆工藤彩音(くどう・あやね)2002年(平14)4月8日、札幌市生まれ。22、23年、ファイターズガールとして活動。特技は書道、バレーボール。おいしいものを食べることが趣味。身長168センチ。血液型O型。「FM NORTH WAVE」の「FUN‘S AFTERNOON」(毎週日曜午後4時)、「ステドラ!~STATION DRIVE SATURDAY」(毎週土曜正午)に出演中。