<寺尾で候>
日刊スポーツの名物編集委員、寺尾博和が幅広く語るコラム「寺尾で候」を随時お届けします。
◇ ◇ ◇
かつてヤンキースタジアムに通っていた時期のことだ。パ・リーグを代表し、ロッテから移籍した投手で、今はなき伊良部秀輝が所属していた。試合に負けると、オーナーのスタインブレイナーは「太ったヒキガエル」と毎度のように暴言を吐いた。
日米間でこじれた末にメジャー行きを果たした伊良部もメディアと対立した。悪態をつき、新聞記者が差し出した名刺を目の前で破り捨てた。薄暗い地下通路で行われた囲みは、いつも不穏な空気に包まれた覚えがある。
その当時、現地の理不尽な態度を伝え聞いた伊良部の母校・尽誠学園(香川)で野球部監督だった松井義輝から1枚の色紙が送られてきた。それは後輩にあたる野球部員たちが、伊良部先輩に宛てた直筆の激励メッセージで埋め尽くされていた。
拙者が渡米する前、おとこ気のある松井は「お前に恥をかかすわけにはいかん。これを土産にして伊良部に渡してくれ。後輩が心を込めて書いたこれを手にしたら、あいつもお前に行儀の悪いことはせんやろ」と気遣ってくれたのだ。
当時、ヤンキースタジアムのプレスゲートを通過しようとすると「今日ヒデキは投げないから球場には入れない」と差別を受けるときもあった。日本人記者として見下されているのを痛感したものだ。今では考えられないが、全てにピリピリした時代だった。
海を渡った日本人選手は後を絶たず、大リーガーを上回るプレーヤーも複数出てきた。それにつれて、ヤンキースタジアムでは、日本を代表する重機メーカー「コマツ」、全国紙「読売新聞」など日本企業が続々とスタジアムに看板を掲出する現象が相次いだ。
メジャーリーグは一転、手のひらを返すかのように、日本をウエルカムの“お得意さん”に格上げしたのだ。今では考えられないと書いたのは、大リーグ各球場で広告スポンサーとして日本企業名があちこちに出ていることに全く違和感がなくなったからだ。
最近では25年に空調が中心の「ダイキン」の米国子会社(DNA社)がアストロズ本拠地の命名権を取得し、新たに「ダイキン・パーク」がデビューした。今年もファーストリテイリング傘下ユニクロが、ドジャースタジアムのグラウンド命名権を得た。
日本企業のメジャー進出に拍車がかかって、メジャーも日本市場に“うまみ”を見いだした。ドジャースと公式パートナーシップを締結したことを発表したのは、1967年創業の食肉加工・流通事業を展開するエスフーズ社(本社=兵庫県西宮市、村上真之助代表取締役社長)だった。
9月4日(日本時間5日)からのナショナルズ3連戦を「Japanese WAGYU Day」と銘打って開催。神戸牛(兵庫)、尾崎牛(宮崎)など、国内ブランド牛がVIP席を対象にふるまわれ、ビジョンをはじめCM放映も計画されている。
社長の村上は「最初はドジャースからオファーを受けた宮崎の尾崎牛から声がかかった。神戸牛をメインに、日本の和牛がさらにワールドワイドになればと思ってやることにした」とプロジェクトに乗り出した経緯を説明した。
「フランスのシャンパーニュ地方で生産されたものだけが『シャンパン』で、他で作られたのは、同じ発泡酒でも『スパークリングワイン』という。和牛も日本独自の素晴らしい肉として、もっとグローバルに知らしめたい」
農水省が米国における牛肉の流通における実態調査をした結果、米国人が牛肉を食する米国消費者のうちの25%が「WAGYU」を認知しているという。関係者によると、大型スーパーのコストコでも見受けられ、オンライン販売もしているという。
神戸肉流通推進協議会会長・福本博之は「今や米国、欧州でも、神戸ビーフは広く知られている」と手応え。村上も「大谷にあやかって、神戸ビーフも世界一になる」と鼻息が荒い。ドジャースのしたたかなアジア戦略とともに、日本伝統の和牛が、世界に知れ渡る足がかりになるかもしれない。【寺尾博和】(敬称略)