<寺尾で候>
日刊スポーツの名物編集委員、寺尾博和が幅広く語るコラム「寺尾で候」を随時お届けします。
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プロ野球の地方球場での主催試合がめっきり少なくなった。それでも今年の巨人は岐阜(5月12日・広島戦)に続き、2年ぶりの福井(同13日)で公式戦を開催している。
岐阜の「ぎふしん長良川球場」では、巨人佐々木俊輔が自身初のサヨナラ本塁打を放って、5対3で劇的勝利を収めた。ナイター後のチームはバスで福井入りした。
宿泊先は、前回同様、福井県北端に位置する「あわら温泉」。1883年(明16)に開湯し、150年以上の歴史を誇る“関西の奥座敷”として、多くの文人墨客にひいきにされてきた。
巨人は今回も老舗の名宿「グランディア芳泉」で手厚いもてなしを受けている。従業員はオレンジ色のネクタイ、チーフ着用。夜間は各部屋の光を利用して「G」の文字を浮かび上がらせて歓迎の意を表した。
巨人軍の生みの親、読売新聞社社主・正力松太郎は、当初5万部程度の読売新聞を、朝日、毎日と並ぶ3大全国紙に育て上げた。プロ野球を創設し、テレビ事業に乗り出し、民放初の日本テレビを開局する。
正力の意向を受けた後に社長に就く務台光雄が、大阪で地盤を築き、九州にも進出。そして巨人が東京五輪後にV9に突き進むと同時に、飛躍的に部数を伸ばしていったのだ。
正力、務台が後ろ盾になった監督の川上哲治は、9年連続リーグ優勝、9年連続日本一を達成。読売新聞にとって川上巨人は部数拡大の先兵役で、全国各地で興行を打つ営業戦略の中核だった。
各球団が主催試合を地方球場にもっていくことに消極的なのは、企業のマイナス面を考えるからだ。本拠地で試合をするより集客力が限られ、利益率が減少する。つまり球団の“もうけ”が減るわけだ。
連結決算の親会社も、経営者が子会社の売り上げには敏感だ。地方球場に出かけるより、超満員の本拠地をながめながら収益をはじく。その業績がサラリーマンオーナーの地位を守ることにもなる。
それでも巨人は“地方巡業”を継続してきた。傲慢(ごうまん)さを感じることもあるが、「野球」をリスペクトし、全国に普及・浸透させる伝統には球界の盟主としてのプライドが伝わる。
北陸の海の幸、山の幸は自慢だが、試合当日の「グランディア芳泉」では、地元の小学生が“花道”を作って選手を送り出した。子供たちにも一生の記憶に残ることだろう。通常の遠征では見受けられない地域密着の“神対応”といえる。
その福井での広島戦は巨人坂本勇人の逆転サヨナラ本塁打で連夜のミラクル勝利。通算300号本塁打の底力を証明した男にとっても思い出の地になったに違いない。
巨人の地方球場での2日連続サヨナラ勝ちは、62年5月8、10日の国鉄戦以来、64年ぶりという。8日は大衆路線を突っ走った正力のお膝元、県営富山で、長嶋茂雄がサヨナラ本塁打を放っている。
ぎふしん長良川球場の観客動員は1万4657人、福井のセーレン・ドリームスタジアムは1万7018人だった。両球場を合わせても、連日4万人強のファンを飲み込む本拠地の東京ドームには及ばない。それでも都会にいると想像できないだろうが、数年おきでも、プロ野球の地方開催には大きな価値がある。
越前あわら温泉は、拙者の生まれ故郷で、曽祖父、祖父が代々、あわら町(現あわら市)の町長を長く歴任したこともあって、地元の反応に触れながら素直に感慨深かった。
NPBでの会議に出席するメンツを見渡すと、プロ野球コミッショナーだった川島広守(故人)を知る関係者も少ない。元内閣官房副長官、日本鉄道建設公団総裁などを歴任し、セ・リーグ会長を経てコミッショナーに就任した。
プロ・アマ関係修復などに尽力した川島は、各球団に野球人口の底辺拡大のため、積極的に地方球場での試合開催を勧めた。Jリーグ参入もあって、プロ野球に危機感を覚えたのだ。野球協約にある「社会の文化的公共財」としての使命を改めて感じる。【寺尾博和】(敬称略)