【阪神】藤川監督が抗議で退場 試合後は冷静に説明「チームの代表として。侮辱とかは一切ない」

ソフトバンク対阪神 7回表阪神1死一塁、熊谷敬宥の盗塁失敗のリクエストが覆らず、判定に抗議を行ったため退場を宣告される藤川球児監督(撮影・岩下翔太)

<日本生命セ・パ交流戦:ソフトバンク6-2阪神>◇10日◇みずほペイペイドーム 

阪神藤川球児監督(45)が、就任後初めて退場となった。

7回の攻撃で1死一塁から、熊谷敬宥内野手(30)が二盗を試みるもタッチアウトとなり、藤川監督はリクエスト。リプレー検証後も判定は覆らず、ここでベンチを出て抗議を行った。

和田ヘッドコーチ、藤本総合コーチが止めに入り、ベンチへと戻ったが、「ただいまリプレー検証の判定後、藤川監督が異議申し立てを行いました。退場といたします」と退場が宣告された。

試合後、藤川監督は冷静にその場面を説明した。

「審議してる時間が長かったですし、アンパイアの方も迷いがあったと思うし、リプレーセンターの方も難しかったのかなと思いますけど、やっぱりグラウンド上の両チームは真剣にやってますから、こういうことはチームの代表としてはね」

異議はルール違反と承知の上でかと問われると「勝負ですからね。みんなが全力で真剣に戦ってるのがプロ野球の舞台ですから。そういう時も時にはあるでしょうし。冷静ではありましたけど、審判の方に侮辱であるとかそういうつもりは一切ありません」と答えた。

チームはソフトバンクに連敗を喫し、首位陥落。「終わったことですから。ゲームも終わりましたしね、また前向きに明日戦うと。そこに尽きます。とにかく前向きに。常に。以上です」。最後まで冷静に前を向いていた。

◆阪神監督の退場 13年8月23日中日戦の和田監督以来。和田監督は抗議時間が5分を超える遅延行為で退場となっている。和田監督以前では、岡田監督が07年6月8日オリックス戦、同年8月16日中日戦で球審を小突き退場。野村監督は99年8月7日ヤクルト戦、星野監督は02年8月23日巨人戦でそれぞれ審判員への暴言で退場。97年5月17日ヤクルト戦では吉田監督がメジャーから派遣されたデュミロ球審に抗議し退場処分を受けている。ちなみに、藤川監督は現役時代に危険球退場がなく、プロ入り後初めての退場。

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