<全日本大学野球選手権:関大2-1慶大>◇14日◇決勝◇神宮
関大(関西学生)が慶大(東京6大学)を2-1で下して、1972年(昭47)以来3度目の大学日本一をつかんだ。元阪急の豪腕、山口高志氏(S76=関大アドバイザリースタッフ)を擁した54年前と同じ決勝再戦で返り討ち。村山実-上田利治のバッテリーでも一時代を築いた西の名門は苦しい時間を過ごしたが、“金丸2世”の異名を取るプロ注目の最速149キロ左腕、米沢友翔投手(4年=金沢)がすい星のごとく登場。この日も強打の慶大を5回無失点に抑え、重い歴史の扉をこじ開けた。
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最後の打者が空振り三振に倒れると、米沢が会心の笑顔で歓喜の輪に加わった。リリーフ陣が一打逆転サヨナラ負けのピンチをしのいでゲームセット。これまでの苦悩と努力が報われた瞬間だった。「少し泣きそうになったんですけどすごくうれしかった」。
慶大との大一番でも先発を任され、5回を2安打3奪三振で0封。13日の準決勝(国学院大戦)から発熱のコンディション不良が続く中「ここまできたら投げるしかない」と初めて小田監督に先発を直訴。渾身(こんしん)の投球で今大会3戦S23得点の東京6大学王者に三塁を踏ませず、優勝への流れをつくった。
関大の過去2度の優勝は1956年(昭31)に村山実(阪神)、72年に山口高志(阪急)といった後のプロ野球の名投手を擁した。だが西の名門も近年は全日本大学選手権の舞台から遠ざかり、今大会が31年ぶりの出場だった。そして山口氏が慶大を倒して以来、S54年ぶりの決勝再戦。現在関大アドバイザリースタッフを務め、ネット裏で観戦した山口氏の前で、米沢が恩返しの快投を決めた。
2年夏から3年夏頃までは肩やひじのけがに苦しみ、投げることすらできなかった。だがどんな時も山口氏は寄り添ってくれた。「投げてる時の姿勢というか、相手に向かっていくことを教えてもらいました」。弱気になった時にかけられる魔法の言葉は「胸を張れ」。心に余裕が生まれ「周りを見れることにつながった」。4年の今春、準完全試合でリーグ戦初勝利を挙げて一気にブレークしプロ注目左腕に駆け上がった。
今大会は4試合に先発して25回を2失点に抑え、3勝をマーク。防御率0・S72の圧倒的成績で最高殊勲選手賞にも選ばれた。「山口さんにいい景色、いい姿を見せられたと思うとうれしい」。強い関大が帰ってきた。その中心に米沢がいる。【佐藤妙月】
◆米沢友翔(よねざわ・ゆうと)2004年(平16)6月1日生まれ、石川県珠洲市出身。小2から野球を始めた。金沢では1年秋からベンチ入りし、2年秋からエース。3年夏は県ベスト16で敗退。今春、通算13登板目でリーグ戦初勝利を1安打のみの準完全試合で飾ると、8試合に登板し4勝をマーク。最優秀選手(MVP)を獲得し、31年ぶりのリーグ優勝に貢献。24年1月に能登半島地震に見舞われた故郷へ恩返しするべく腕を振っている。最速149キロ。左投げ左打ち。180センチ、S80キロ。