快勝の陰に、プロの技があった。
阪神は12日のヤクルト戦(甲子園)に3-0で勝利した。ただ、6回まではスコアレス。ピンチの連続で、逆にチャンスは皆無に近かった。
6回、1死から熊谷敬宥内野手(30)が四球で出塁した。久しぶりの走者だ。次打者は先発の村上頌樹投手(28)。ネクスト・バッタースボックスには早くから高寺望夢内野手(23)が入っていたが、熊谷が出塁した瞬間、元山飛優内野手(27)がベンチの奥から飛び出してきた。
1死ではあるものの、誰もが「バント要員」だろうと予想したはずだ。
元山は打席内でサインを確認すると、やはりバントの構えに入った。初球の直球を完璧に一塁側に転がした。三塁手がチャージしてきているのは左打席からよく見えた。一塁手も前進してくるだろうが、走者は足が速く盗塁もできる熊谷。一塁手はさほど早くベースを離れることはできないと分かっていた。定石通りに、一塁手に捕らせ、走者を二塁に進めた。
「相手もバントだと分かり切っていた場面ですから。ここは死ぬ気で決めないと、と思っていました。あのあとも、ずっと手が震えていました」
ベンチで仲間に激賞を浴びた元山は、そう言って重圧のほどを打ち明けた。
阪神はヤクルト吉村貢司郎投手(28)に対して完璧に抑えられ、初回先頭で近本光司外野手(31)が中前打を放って以来、走者すら出せていなかった。
2死になってでも得点圏に走者を送り、あとは近本以下のバットに託すという作戦だった。もちろん、元山が難度の高いミッションを成功させるのが大前提。ケースによって犠打の難度は大きく変わる。警戒網を張られた状態で、理想的な形で転がすことは簡単ではなかった。
近本の安打性のライナーが遊撃手の美技に阻まれ、得点こそできなかったが、ベンチの期待通りに選手は動いた。
藤川球児監督(45)は「点数は入らなかったけど、元山がバントをきっちり決めて、近本がセンターに抜けそうな打球を打つというところも、一連の動きが球場全体でゲームを作ると感じました。いいつながりになり始めたと思ったところでした」と評価した。
次の7回に、中野拓夢内野手(30)の中前打から佐藤輝明内野手(27)の2ラン、大山悠輔内野手(31)のソロが出て、試合を決めた。吉村を一気に攻略した。6回の攻撃から流れはできていたということだ。
阪神は1週間前、バント失敗など攻守にミスがあって敗れた。翌日、野手は休養日だったが急きょ指名練習に変更。ほとんどの選手がバント練習に努めた。
元山個人の立場もある。昨年、西武を戦力外になり、阪神と契約した身だ。1年、1年に進退がかかっている。入団時には「守備はもちろん、犠打、進塁打などのチームプレーを評価された」と自覚していた。
「手が震えた」のは決して大げさな表現ではないと思える。勝利を導く会心のプレーだった。【柏原誠】