28日に熊本県で発生した最大震度7の地震を受けて、熊本出身の阪神ナインが悲痛な思いを明かした。大竹耕太郎投手(31)は熊本市の実家に帰省中で、帰阪しようとした直前に被災。島田海吏外野手(30)の宇土(うと)市の実家は、震度7を観測した宇城(うき)市に隣接する地域にある。16年に熊本地震が発生し、17年から復興のために益城町への寄贈活動を続けてきた岩貞祐太投手(34)も不安を募らせた。
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「僕も(熊本に)いました。さっき帰ってきました…」。甲子園での全体練習を終えた後、阪神大竹は問いかけにそう切り出した。
球宴ブレークを使って、熊本市南区の実家に帰省中だった。28日に帰阪しようと熊本空港に向かう途中、コーヒー店に入った時に大地震が起きた。「緊急地震速報も揺れだしてから鳴り出した。震源が浅すぎて」。立っていられないほどの激しい揺れだった。
飛行機が欠航となり、Uターンして実家に戻った。「当たり前にあるものが手に入らないとか、当たり前に通れる道は通れないとか、空港から帰るだけでもだいぶ大変だったし、ドラッグストアとかも入れなかったりした」。普通に生活できることのありがたさをあらためて実感した。
家の中は物が散乱し、棚も倒れていた。「余震も、何分かに1回ぐらいずっと、夜もきていたので、あまり寝られなかったり…。震度4とかが夜中に起きたので、びびっていました」。爆発事故が起こったイオンモール熊本(嘉島町)は、実家から車で約10分ほどの場所。「親とか毎日ぐらい買い物しているようなところ。中学生の時とかもチャリでみんなで行っていたし、親戚がバイトしてたりしていた。人ごとには感じない」。悲痛な思いと心配を抱え、この日午前の飛行機で大阪に戻った。
熊本では10年前の16年にも大地震が起きたばかり。
「自分にできることは考えて、これからいろいろ貢献というか、そういうものはしていきたいと思います。もちろん、まだまだ余震もありますし、気にはなるんですけど、現状できることはチームに貢献することだと思います」。複雑な思いを抱えながら、31日のヤクルト戦(神宮)で始まる後半戦へ向かう。「(熊本)出身選手はうちにもたくさんいますし、みんなで頑張っていけたら」。ぐっと力を込めた。【磯綾乃】