日大三島・永田監督「涙が止まりませんでした」渡辺元智さん死去「言葉では表せない偉大な方」

日大三島対国学院栃木 1回表、ベンチから戦況を見つめる日大三島・永田監督(撮影・江口和貴)

日大三島・永田裕治監督(62)が17日、81歳で亡くなった横浜元監督の渡辺元智さんを悼みながら、渡辺さんとの思い出、感謝の思いを語った。

永田監督はこの日、ネットのニュースで渡辺さんが亡くなったことを知った。「信じられなくて、涙が止まりませんでした」とショックを受け「私にとって、目標であり、大恩人であり、本当に悲しく、残念でなりません」と悼んだ。

渡辺さんが率いた横浜高とは、報徳学園の監督時代に甲子園で2度対戦し、ともに敗れた。1度目は元西武の松坂大輔、2度目は中日で活躍する涌井秀章のスーパーエースの前に完敗だった。「渡辺監督の横浜に甲子園で勝つことが目標でしたが、壁は高く、1度も勝てませんでした」と振り返った。

グラウンドに立てば、対戦相手だったが、同じ指導者として、多くのことを学び、公私ともにお世話になった大恩人だった。涌井、ダルビッシュらが参加した04年の高校日本代表では、渡辺監督をコーチとして支えた。「野球はもちろん、人として、指導者として、たくさんのことを勉強させてもらって、感謝しかないです」と話した。

勝負では熱く、闘志をたぎらせたが、温かく、人情深い人だった。永田監督が高校日本代表の監督を務めた18年のアジア選手権。敗戦した夜に渡辺さんがホテルの部屋を突然訪れた。「ブランデーを持ってきてくれて、『これでも飲んで寝ろ』って。『さすがに飲めないですよ』って言って。今でも大事に持っています」としみじみと話した。

日大三島の監督に就任後も、頻繁に連絡を受けた。22年に春夏連続で甲子園出場したが、敗戦後のバスの中で渡辺さんからの着信が入った。「わざわざ、電話をくださって。そしたら、渡辺さんが『今、三島でうなぎを食べてるんだよ』って言って、笑ったことを今でも思い出します」と話した。

永田監督は「渡辺さんはいつも気に掛けてくださって、本当にお世話になりましたし、言葉では表せないくらい偉大な方。指導者として、人として、本当に尊敬できる方で、これからも背中を追い続けて、頑張っていきたいと思います」と話した。【久保賢吾】

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