【とっておきメモ】栗山巧「手の皮がむけなければ…」18年秋、黙々とバットを振っていた理由

引退セレモニーで場内1周する西武栗山巧(撮影・江口和貴)

現役最後の試合を終えた西武栗山巧外野手(42)の言葉で、強く記憶に残るものがある。8年前、18年の秋。10年ぶりにリーグ優勝を果たした西武は、CSファイナルステージに向け、宮崎・南郷で“ミニキャンプ”を行った。栗山も自ら望んで参加した。

他の選手が引き揚げても、1人、室内にこもった。既に外は暗い。電灯に照らされ、黙々とバットを振っていた。それをただ見守った。練習終わりだったか、翌日だったか、そのことを聞いた。

「手の皮がむけなければ、いつまでも打っていたいんです」

そう話す彼の手のひらは、何度むけたことか、黄色く、硬くなっていた。

私が西武を担当したのは、その年だけ。プロ野球は12年間で計5球団を担当した。たった1シーズンだったにもかかわらず、現場時代の印象に残る言葉を挙げるとしたら、栗山のその言葉が真っ先にくる。練習熱心な、栗山らしい。

引退試合を10日後に控えた栗山に、あいさつしたくて会いに行った。「手の皮」のことを改めて聞いた。「そんなこと、言いましたっけ?」と言いながら、「18年…。ああ、ありました。あのときは…」と記憶を呼び覚ましてくれた。

「あのときは、バッティングでさぐっていることがあって。それをつかみかけていました。バチッとはまる感じだったんです」

その言葉どおり、ソフトバンクとのファイナルステージで活躍。第2戦では先制3ランを含む3安打、ポストシーズン史上最多タイの6打点を挙げた。

もっとも、栗山本人に言わせると、そういう「バチッとはまる感じ」は「あんまりないんですよ。貴重な瞬間でしたね」という。バチッとハマったから「いつまでも打っていたい」と感じたわけで、練習の虫であっても「スイング数を決めてやらないといけない」時もあるという。

プロの孤独を見た気がした。イケイケで振って、振って、結果が簡単に得られる世界ではない。自らにノルマを課し、むちを打って、ようやく戦いのステージに立てる。

もっとも、栗山はこう付け足した。

「でも、そういうのって、どんな仕事でもあるんじゃないですか?」

プロ野球選手である自分を客観視できる。それも、また栗山らしかった。【18年西武担当=古川真弥】