<オリックス-ソフトバンク>◇25日◇京セラドーム大阪
オリックス平野佳寿投手(42)の現役最後の登板を見届けに、京産大硬式野球部時代の恩師、勝村法彦元監督(69)は京セラドーム大阪に足を運んだ。「プロに入れる選手自体が、ほんの一握り。その1人になることができて、これだけ長く現役生活を続けることができて、本当によく頑張ったと思います」と、万感の思いでマウンドに立つ姿に目をこらした。
球団が引退を発表する前、本人から連絡を受けたという。来るべき日が来たという思いをかみしめ、ねぎらいを伝えた。よくぞここまで…と思いながらも、寂しさも募った。
大学では2年春のリーグ戦から主戦格に。カードの第2戦を託す投手になった。その最初のカードで、3回途中で平野に交代を告げた。打ち込まれたわけではない。失点を重ねたわけでもない。ただ、マウンドで見せた、首をかしげ、何度か投げる動作を繰り返した姿が気になった。試合後、平野を叱った。「マウンドであんな姿を見せたらいかん。不安は相手に悟られる。味方にも伝わる。表に出したらあかん」と厳しい言葉で伝え、さらに「自分の体を知らんとあかんよ「」と付け加えた。自分の体を熟知すれば、投球フォームのバランスの悪さの理由に気付く。ケガの防止にもつながる。勝村元監督が平野を叱ったのは、それが最初で最後。どんなときでもマウンドで顔色を変えることのない平野の揺るぎなさは、そこが原点だった。
逆指名でプロ入りし、オリックスを代表する投手になり、日の丸を背負い、メジャーも経験し、またオリックスに戻ってきてリーグ3連覇も支えた。名球会入りも果たした。引退を、他球団からも惜しまれる投手になった。「小さなことをこつこつと、地道にやり抜くことができた。それがここまで来られた原動力だったと思います」と努力を重ねた教え子の姿を思い起こし「何よりも、ここまで来ることができたのは、オリックス球団に大事に育てていただいたからこそ。本当にありがとうございました」と感謝を口にした。【堀まどか】