【阪神】西勇輝の出身校、菰野・戸田監督「とにかくよく走りました…まさか18年間も…」

阪神対広島 2回表広島1死、現役引退の登板を終えた阪神西勇輝をスタンドの声援に応える(撮影・上山淳一)

<阪神-広島>◇7日◇甲子園

阪神西勇輝投手(35)が18年間の現役生活に別れを告げた。

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西勇の出身校、三重・菰野(こもの)高・戸田直光監督

西勇は地元の八風(はっぷう)中学で「菰野ボーイズ」に所属していました。うちが見に行っていたのは他のチームにいた左のエースですが、右投手の西勇が菰野高に入学したいという希望だったので、左右2人の投手を預かるわけです。

だから当初、西勇は2番手でした。でも一冬越したときは、もう左ピッチャーを追い抜いていました。とにかくよく走りました。長距離走でなく、ずっとダッシュをさせました。土曜日に登板すると、日曜日は1日中走っていたのを思い出しますね。最初は外からナチュラルにシュート回転していましたが、下半身ができてきたことで、ちゃんとした真っすぐを投げるようになった。

プロ野球界で長生きできたのは、オリックスに入団してからマスターしたシュートが生命線になりました。もともと制球力の優れたタイプでしたが、ボールの左右の出し入れに、緩急をつけた投球に磨きがかかった。いわゆる投球術を身につけたのです。

でもまさか18年間も投げ続けるとは思いませんでした。菰野高監督として8人をプロ野球に送り出しました。今年現役だったのは西勇と岡林勇希(中日)の2人です。西勇が先発で、岡林が打席に入るときは必ずバンテリンドーム、甲子園に教え子対決を見に行ってました。

わたしが西勇からユニホームを脱ぐという報告を受けたのは8月23日です。前々から「ボロボロになる姿を見せたくない。余力を残して辞めたい」と話していたのを覚えています。わたしからは「セカンドキャリアでも活躍してほしい」と告げました。

甲子園に招待されましたが、少し体調を崩したので生の姿は見ていません。でもすぐに知人が画像を送ってくれました。やはり寂しいですね。手塩にかけたというとおこがましいですが、よく頑張った。指導者冥利に尽きます。まさに菰野高校の“鏡”ですよ。第2の人生にも期待します。

プロの厳しい世界で、西勇を育てていただいたオリックス、阪神両球団に感謝いたします。

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