オリックスの元球団スタッフで、1軍用具担当として、長年チームを支えた松本正志(まつもと・しょうじ)さんが死去したことが14日、分かった。8日に67歳で亡くなったと球団が発表した。葬儀はすでに執り行われた。
松本さんは、東洋大姫路(兵庫)時代に、豪腕サウスポーで脚光を浴び、1977年夏の甲子園で同校を優勝に導いた。同年ドラフト1位で阪急(現オリックス)に指名された。プロ1年目で日本シリーズに登板。通算32試合で1勝3敗、防御率6・83の成績で、87年に現役を引退した。
翌88年から球団スタッフとして、用具担当に転身。チーム共有の用具、選手個人の野球道具の遠征先への運搬を手配し、練習開始前に準備を整え、試合後には片付けと翌日の準備をする。沖縄・宮古島でキャンプを張っていたころは、グラウンドも作った。すべてにわたって遅れは許されず、気の休まる暇はない。そんな激務に黙々と取り組み、誠実に果たした。人望は厚く、後輩に慕われていた。
後輩の成長を見ることが楽しみだった。
イチロー(現マリナーズ会長付特別補佐兼インストラクター)と出会ったとき「こんな選手を近くで見られる。他の人には味わえない人生やと感じました」と心を躍らせたという。一方、遠征先でファンでごった返す宿舎ロビーを避けて裏口から出入りしたことで荷物出しのチーム内の取り決めを守らなかったとき、松本さんは本人に注意。素直に従い、自分で荷物を運んできた姿にいっそう期待感をふくらませたという。
選手、首脳陣、フロントに深く信頼され、誇りと責任感を持って用具担当の仕事を全う。オリックスがリーグ3連覇を果たした翌年の24年3月31日に退職した。