巨人の新指揮官に就任した松井秀喜新監督(52)。その指導哲学の一端に触れる会話があった。23日の就任会見直後、記者による囲み取材の時間が設けられた。聞きたいことがあった。「人を育てる上で大事にしたいことは何か」。答えは明快だった。
松井監督 育てるって、自分が育てるっていうんじゃなくて、選手自身が自分で成長していく。そのことを逆に知りたいなと。指示してうまくなるんだったらみんなうまくなるわけでしょ。でも、うまくなるってことは、自分が自分で成長して、で、グラウンドに行って初めてね、意気に感じて。そこから少しずつ自信をつかんでいくわけですから。アドバイスを受けて、それがすぐね、それが成長につながるってことはないと思います。成長は自分自身でするものだと思います。
持論に、すぐに思い出した逸品があった。いまはジャイアンツタウンスタジアムに置かれている。旧ジャイアンツ寮の通称「松井部屋」の畳で、素振りを繰り返し、い草がボロボロになった伝説が残る。壮絶な自己鍛錬の末の、巨人の「遺産」だ。
昨年5月、その思い出を聞かれた。「なんですかね…。1人で練習することの大事さっていうのは、ね。誰にも教えられない、誰にも指導されないっていう中で、いかに自分で自分自身を成長させるかを教えてくれた場所ではありました」。グラウンドに出てユニホーム姿ではない時間。己に向き合う時間。そこでいかに自分自身を成長させられるか。長嶋茂雄氏との師弟関係、特に素振りの逸話が知られるが、畳がボロボロになるほど振り込んだ寮の部屋での1人の時間も、希代の長距離打者を作り上げた。
前述の質問をした理由には、ペナントレースを2位で終えた今季とのつながりが念頭にあった。阿部前監督が勝利と育成の両輪を掲げ、5月に途中辞任すると、橋上監督代行体制でも、継承された。翌日に春季キャンプが始まる1月31日の夜、全体ミーティングで同監督代行が伝えたのは「己を知ろう」というテーマだった。チームの中で自分の武器は何か。磨くためには何をする必要があるのか。与えられるのではない。自らが考え抜いてほしい。そう訴えた。
巨人は偉大なレジェンドが監督、コーチを務めるからこそ、若手は受け身になりがちだ。不安そうにベンチを見る回数が増える。威光がある種の思考停止を生み、自主性を阻害するような環境もないとは言えなかった。若手が育たない-。そんな周囲の評価も、そこに起因しているのかもしれない。
松井監督は、「偉大中の偉大」だ。ただ、経験に裏打ちされた指導論があると思えた。「自分で成長する」。その1点は、若手にとっても大きな指針になる。今季、異例のシーズンとなった中で、それぞれが己を知ろうと考えた時間は、確かに来季にもつながるだろう。
就任会見の翌日となった24日、指揮官はジャイアンツタウンスタジアムを訪れ、再び「松井畳」を目の前にしている。原点を見つめ、新たなスター誕生を支えていく。【阿部健吾】