侍ジャパン井口資仁監督(51)の初陣となる「ラグザス アジアプロ野球チャンピオンシップ2026」が、12日に東京ドームで開幕する。日本野球はこれから世界とどう戦っていくべきなのか。26年WBCで侍ジャパンのアナリストを任され、今季はMLBレンジャーズの編成本部副部長を務めるレナード・ヤン氏(28)が「データ活用」という観点で日本野球への提言と未来の可能性を語った。
◇ ◇ ◇
大谷翔平は、WBC敗退後、データの活用について話した。
「現場として常日頃から使ってはなさそうだなっていう雰囲気は出てました」
最前線としての実感。ただ悲観しすぎる必要はない。こうも話した。
「データの方々に関しては、本当に頑張ってもらったなと。少ない資料をうまくまとめてくれて、そこは感謝してますし、必ずしもすごく遅れてたかと言われたらそうではない。ギャップはもちろんありましたけど、そこは追いついては来るかなとは思ってます」
昨今、NPBでも注目されている「データ」あるいは「セイバーメトリクス」とも呼ばれる指標の数々。どこが遅れていて、その差を縮めるためには何が必要なのか。
「重要なのは三つのステップです。まずデータを集めること。次に、そのデータを使って将来を予測できるモデルを作ること。そして最後に現場へ落とし込むことです」
こう話すのは、データ活用のスペシャリストでもあるレナード氏。26年WBCではアナリスト兼スコアラーの立場で井端監督ら首脳陣の参謀として支えた。
シーズン中はレンジャーズの職員としてアナリストやスコアラーを務めてきた、いわば「野球×データ」の分野において世界の最前線を見てきた存在だ。その経歴が評価され、26年のWBCで侍ジャパン入り。ベンチやミーティングでデータの整理や使い方、落とし込み方を首脳陣を中心にアドバイスを送ってきた。侍ジャパンとMLB球団のど真ん中を経験したからこそ、違いを感じることがある。
「今の日本と同じ時代はアメリカにもありました。15年、20年前ですね。『データか主観か』という議論がずっとあった。でも本当はどちらかじゃない。両方をどう活用するかが大事なんです」
データが万能だとも考えていない。数字で解き明かせないものもある。でも「データ」VS「主観」という対立構造ではない。主観を補完するためにデータがあり、逆にデータを補完するために主観がある。
「リーダーシップだったり、チームメートを良くする力やメンタルだったり。まだ数値化できないものはたくさんあります」
数字に表れない価値は大前提として理解している。ただ経験や勘だけに頼る時代でもないというのがレナード氏の視点だ。
「最近だと投手ならスタッフ+(プラス)、野手ならxwOBA(エックスオーバー)という指標が重視されてます」
スタッフ+とは投手の投球の質を評価するもので、球速や縦横の変化量などいくつかの変数から算出される。スタッフ+が高ければボールの質が優れており、打たれにくい球を投げていると言える。侍ジャパンでは種市の直球や隅田のチェンジアップが高いスコアを記録し、MLBではブルワーズ・ミジオロウスキーの直球がずば抜けている。
一方、xwOBAとは打球の質を評価するもので、打球速度や角度などの変数から算出される。この数値が高ければ高いほど、価値の高い打球を多く打てているということになる。
「これが全てではないですが、この二つはメジャーでも重視されている指標で、成績予測や打順などを考える際に役立っています」
投手で言えば単純な勝利数や防御率、野手なら打率や本塁打数、OPSなど結果から算出される指標はもちろん大事。その上で良い当たりが正面を突いた、内容は良いけど失点になった、などの運の要素を排除した新たな指標と言える。
ただし、こういった数字をどう活用するか、最終的に決断するのは監督やコーチ、選手本人であり、押しつけることはしない。
「数字だけ見て『こうしろ』という世界ではないです。最終的に選手へ落とし込むのは現場の人たちなので。でもだからこそ、コーチも学び続けないといけないのが今のアメリカです。バイオメカニクスやデータを理解して、それを選手に伝えられるようになる必要があると思います」
もちろん主観で指導するコーチの存在がなくなるわけではない。選手に寄り添い、過去の経験をもとにアドバイスを送る存在は重要だ。培ってきた野球観の価値がなくなるわけではない。補完できる道具が増えたということを意味する。
レナード氏は今年、侍ジャパンの一員として改めて日本野球のレベルの高さ、可能性を感じたという。
「日本野球はファンダメンタル(=基礎)の土台が素晴らしい。フォームもきれいだし、投手なら回転がきれいな真っすぐを投げられる。野手は守備に欠かせない基本スキルが非常によく磨かれている。それは日本の大きな強みです」
その土台に、MLBが培ってきたデータ活用のノウハウを掛け合わせる。
「データ収集だけじゃなくて、そのデータをどう活用して、どう現場に伝えるか。そこまでできれば、日本野球はもっと強くなれると思います」
トラックマンやラプソードなど最新鋭の機器を導入する。ほとんどの球団がそうしたが、そこで終わりではない。そこからどう現場に落とし込むか。選手たちに伝え、かみ砕けるか。組織としてその価値を見いだせるか。世界一奪還を本気で狙うなら、避けては通れない潮流である。
◆◆
一方で、NPBとMLBの違いはたくさんある。単純にアメリカ方式を輸入すればいいものではない。
侍ジャパンでバッテリーコーチを務め、レナード氏とともにミーティングを主導してきた巨人村田善則バッテリーチーフコーチ(52)もデータ活用の方向性にうなずく。日本野球を熟知しながらも、MLBの最先端のデータも活用し、ダルビッシュからも絶大な信頼を寄せられる存在だ。
村田コーチは、レナード氏が所属したAI・データ分析プラットフォーム「チームワークス」のモデルについて「もちろん便利です」と語る。MLB各球団やNPBでのセ・パ複数球団とも契約しているデータ活用のモデルを26年WBCでは侍ジャパンが契約。相手チームの分析や対策に役立て、情報の少ない敵国において、大きな助けになったという。ただ、日本球界特有の事情もある。
「日本の場合は、もうある程度特徴を知っているケースも多い、という違いはあると思います」
MLBは30球団が存在し、初対戦の投手や打者と頻繁に対戦する。だが日本は12球団。交流戦は1年に各球団3試合ずつしかない点を考えれば、長年同じ相手と対戦を繰り返してきた。
対戦相手が限定的だと、データよりも感覚として球筋や特徴がすり込まれている。交流戦や日本シリーズを除けば、ペナントレースを戦う上ではデータという数字から読み解く必要性は高くない。データへの価値観の違いは、リーグ構造そのものが異なることも一因にありそうだ。
だが近年はさらにデータ活用が加速する。村田コーチは言う。
「対戦経験が多く、特徴が頭に入っている選手に対しても、部分的に活用するようになってきました。インプットしているデータがより明確に見えてきている部分もあります」
長年の経験で養ってきた感覚の部分を、最先端のデータ活用で補完する。xwOBA、スタッフ+も客観的な指標として新たな評価の材料になりつつある。
◆◆
レナード氏も村田コーチも、大谷翔平も意見は一致している。大谷は「追いついては来るかなとは思ってます」と日本のデータ活用が進むことを予言。レナード氏が語った「データを集める」「モデルを作る」「現場へ落とし込む」という3段階が必要になる。
世界最先端の分析技術と、長年積み上げられた現場の知見。どちらか一方ではない。日本野球が世界一を目指す上で必要になるのは、その融合なのかもしれない。
◆レナード・ヤン 1998年5月19日生まれ。日本で生まれ育ったバイリンガル。大学は米カリフォルニア大学バークレー校に進学し、22歳からMLBレンジャーズの球団職員となった。MLBで多くの球団に独自モデルを提供するAI・データ分析プラットフォーム「チームワークス」へ移籍。今季から再びレンジャーズに戻り、編成本部副部長の役職についた。