ガッツ石松さん死去 中学時代は番長、初めて手にしたファイトマネーで買ったものとは

ガッツ石松さん(2022年8月撮影)

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ボクシングの元WBC世界ライト級王者でタレントのガッツ石松さんが肺炎のため亡くなった。76歳だった。11日にインスタグラムで発表された。

ガッツさんの人生を振り返る。

◆番長 1949年(昭24)6月5日に、栃木県上都賀郡清洲村(現鹿沼市)に生まれる。父高四郎、母ハツとも土木作業員。兄、姉、弟の4人きょうだい。小3から新聞配達、農家の手伝いで家計を助ける。中学では番長で家裁から呼び出しも。中2で野球も金がかかると断念。金持ち農家のテレビでボクシングを見て、ケンカと同じボクサーで見返すと誓う。卒業2日後に上京し、ネジ販売店に住み込む。ジム通いを許されずに半年で帰郷。

◆バナナ 66年に給食サービス会社に就職し、友人に教えてもらった当時大塚のヨネクラジムに入門した。牛乳18円時代に入会金、月謝は1500円。プロテストは2度目で合格し、12月に17歳でプロデビューして1回KO勝ち。日給1000円もファイトマネーは手取り3300円。1300円で当時は高価だったバナナを初めて30本買い、残り1000円ずつは貯金と仕送り。06年には日本バナナ輸入組合の「第1回勝手にバナナ大賞」を長女鈴木佑季と親子で受賞した。

◆旅がらす 4回戦は体力不足で、勝ったり、負けたり、引き分けたりの11試合。1回KO負けも喫した。68年にリングネームを本名から鈴木石松に。蜂巣賀小六の子孫だったジム後援者が、蛮カラな性格に江戸時代の賭博師森の石松から命名した。三度笠とガウンの上に道中合羽姿での入場も、改名に合わせてのノリで始めた。

◆新人王も 69年に2度目の挑戦で全日本ライト級新人王となる。悪ガキで嫌われた地元からバスで応援団。決勝はテレビ中継されて2回KO勝ち。3年ぶりで帰京して公民館で祝勝会が開かれた。同期の新人王にウエルター級輪島功一。その後はボクシング優先で仕事を転々。イトミミズ採り、牛乳配達、銭湯番台、印刷、製麺など20種類以上バイトした。

◆旅行気分 70年に世界挑戦が内定していた東洋ライト級王者ジャガー柿沢の前哨戦で、初のメインで番狂わせの判定勝ち。10回戦の経験はまだ3試合も世界挑戦権を得る。6月にパナマで世界ライト級王者イスマエル・ラグナに世界初挑戦。ファイトマネー72万円、ハワイで調整合宿し、ノリエガ将軍とも会食と海外旅行気分だった。スピードについていけずに13回TKO負け。

 

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