プロボクシング元WBC世界ライト級王者でタレントのガッツ石松(本名鈴木有二=すずき・ゆうじ)さんが死去した。76歳だった。6月2日、肺炎のために都内の病院で亡くなったと11日、所属事務所ガッツエンタープライズから発表された。近親者だけで葬儀・告別式が執り行われ、お別れの会などは未定。
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1990年代前半、ガッツ石松さんと一緒にテレビのボクシング番組に出演していた。豪快なイメージとは対照的に気配りを忘れない人だった。元世界王者が20代の駆け出し記者のへぼ解説に熱心に耳を傾け、絶妙のジョークで緊張した空気を和らげる。人のミスに決して怒らない。私にとっての“伝説の男”である。
極貧の少年時代は伝説と化している。小3から新聞や牛乳を配達して家計を助けた。バス代が払えず学校の遠足に参加しなかった。食事では梅干しさえ高級品だった。中学時代はケンカに明け暮れた。そのころテレビで見たボクシングに生きる道を見いだした。
その生き様はボクサー時代の戦績に凝縮されている。74年のWBC世界ライト級王座獲得時にすでに11敗も喫していた。4連敗もあった。それでもくじけず、屈辱を糧にしてのし上がった。過酷な戦いを生き抜く知恵と根性は、少年時代の貧困生活から学んだのだろう。1度負けた相手に決して連敗はしなかった。
伝統のライト級という当時もっとも選手層の厚いクラスで5度の防衛に成功した。豪快な強打者をイメージしがちだが、フットワークを使った理詰めのボクシングを身上とした。伝説となった「幻の右」は左ジャブを打った直後に放つ右ストレートのこと。あのモハメド・アリの練習を見てヒントを得たという。
現役引退後は芸能界に挑戦の場を移す。4、5年は忍耐の連続だったという。「世界チャンピオンのプライドを腹にしまって、引き受けた仕事は一生懸命やったよ。通行人の役でも自分なりに懸命に考えてね。そうやって地道にやっていたら認めてくれる人が出てきたんだね」。3年前の取材で本人から聞いた。
83年に出演したNHK朝の連続テレビ小説『おしん』での演技が評判となり、その後は『春日局』など人気ドラマに次々と出演。87年にはスピールバーグ監督の『太陽の帝国』にも出演するなど個性俳優として地位を築いた。一方で事業に失敗したり、自ら監督、主演した映画『カンバック』で億単位の借金を抱えたりもした。96年の衆院選に出馬して落選した。それでも、その都度何かをつかみ、立ち上がってきた。「自分は想定外を糧にして乗り越えてきた。人間万事塞翁(さいおう)が馬。その意味では自分は運が強かった」。どんな時も力の限り生きた。だからガッツ石松さんは高みをきわめることができた。胸を張って語り継ぐことのできる人生だった。【首藤正徳】