ガッツ石松さん「想定外を糧にして乗り越えてきた」幾度もあった危機 波瀾万丈の半生語った

右アッパーでロハスを一発KOした5度目の防衛戦の写真パネルを手にガッツポーズを決めるガッツ石松さん(撮影・首藤正徳)

プロボクシング元WBC世界ライト級王者でタレントのガッツ石松(本名鈴木有二=すずき・ゆうじ)さんが死去した。76歳だった。6月2日、肺炎のために都内の病院で亡くなったと11日、所属事務所ガッツエンタープライズから発表された。ガッツ石松さんは生前、日刊スポーツのインタビュー取材に応じ、半生を振り返りました。当時の記事をあらためて配信します。

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プロボクシング元WBC世界ライト級王者のガッツ石松さん(73)は、第2の人生でも人気タレント、個性派俳優として成功を収めた。ボクサー時代は11度の敗戦を糧にして世界王座を獲得。引退後は億単位の借金を背負う窮地もあったが、地道な努力で芸能界に確固たる地位を築いた。挫折と栄光が交差した波瀾(はらん)万丈の半生を、ご本人は「人間万事塞翁(さいおう)が馬。自分は運が強かった」と振り返った。

伸ばしたひげは白さが目立つ。「幻の右」で一世を風靡(ふうび)したヒーローも、今や73歳。「最近は寒かったからゴルフもやってないよ。昔はやりたいと思ったら無理してでもやったけど、今はそんなに執着しないね」。語りも、表情も、自然体でとがったところがない。挫折も栄光も知り尽くした者特有の境地なのだろう。

49年前の1974年(昭49)4月11日、ガッツ石松さんはアジア人で初めてライト級の世界王座を奪取した。8割近いKO率を誇る名王者ロドルフォ・ゴンザレス(メキシコ)に8回KO勝ち。それまで11敗も喫していた挑戦者の大番狂わせに、国民は驚き、歓喜した。試合後に本人がKOパンチを「幻の右」と形容。彼の代名詞にもなった。

「2度世界挑戦に失敗して、結局、ボクシングはスタミナだと思ったんだよね。だから練習量を増やしてよく走った。以前はトレーナーが見えなくなると力を抜いていたけど、その頃はサボりたいと思うと一層力を入れるようにしたね」

「『幻の右』は左ジャブを出した瞬間に打ち込む右ストレート。あのムハマド・アリのパンチも参考にした。必死に考えて、何かを見つけ出していたよね」

栃木県粟野町(現鹿沼市)の生家は貧しかった。トタン屋根の家はひどい雨漏りがした。家計を助けるために小学3年から新聞や牛乳の配達を始めた。地元では有名なガキ大将で、中学生まではケンカざんまい。そんな頃、近所の裕福な家の白黒テレビでボクシングを目にした。

「村中の人が集まって大騒ぎしてた。ケンカは誰もほめてくれないけど、ボクシングはみんなで応援してくれる。オレもテレビに出るようなボクサーになろうと思って、中学卒業後に親からもらった1000円札を握りしめて上京した。この1000円を何百倍にして、雨漏りする家を直してやろうと心に決めたの」

それから苦節10年。ゴンザレス戦のファイトマネーを、すべて栃木の両親に送り、雨風が吹き込んでいた家を建て直した。その後は5度防衛に成功。世界王座奪取が「大番狂わせ」ではなかったことを証明した。

79年3月の現役引退後は俳優を目指して芸能界に挑戦の場を移す。4、5年は忍耐の連続だったという。

「世界チャンピオンのプライドを腹にしまって、引き受けた仕事はとにかく一生懸命やったよ。通行人の役でも自分なりに懸命に考えてね。そうやって地道にやっていたら認めてくれる人が出てきたんだね」

83年に出演したNHK朝の連続テレビ小説「おしん」での演技が評判となり、その後は「北の国から」「春日局」など人気ドラマに次々と出演。87年にはスピルバーグ監督の「太陽の帝国」にも出演するなど、個性派俳優として確固たる地位を築いた。

事業に失敗したり、自ら監督、主演した映画「カンバック」で億単位の借金を抱えたりもした。96年の衆院選に出馬して、落選の憂き目にも遭った。それでも、その都度何かをつかみ立ち上がってきた。

「自分は想定外を糧にして乗り越えてきた。一生懸命だったよね。節目節目でいい人にも出会えた。人間万事塞翁(さいおう)が馬。その意味では自分は運が強かった」

敗北を重ね、失敗もしたが、どんな時も力の限り生きた。だからガッツ石松さんは高みをきわめ、輝いてきた。胸を張って語り継ぐことのできる半生である。【取材・構成 首藤正徳】

◆ガッツ石松(いしまつ)本名・鈴木有二(すずき・ゆうじ)。1949年(昭24)6月5日、栃木県粟野町(現鹿沼市)生まれ。66年12月プロデビュー。72年東洋ライト級王座獲得。74年にWBC世界ライト級王座獲得。5度防衛。戦績は31勝(17KO)14敗6分け。79年に引退後は個性派俳優として活躍。NHK朝ドラ「おしん」や米映画「太陽の帝国」「ブラック・レイン」などでハリウッドにも進出。08年に鹿沼市民栄誉賞受賞。流行語になった「OK牧場」などユニークな語録でも知られる。

※2023年5月2日付「ニッカンシニア」掲載 年齢など掲載当時のまま