<プロボクシング:WBC世界スーパーフライ級王座決定戦>◇27日◇東京・トヨタアリーナ東京
21年世界選手権で日本人初の金メダル(バンタム級)を獲得したWBC世界スーパーフライ級1位坪井智也(30=帝拳)の、国内最速タイ(プロ5戦目)での世界王座獲得はならなかった。同級2位リカルド・マラジカ(28=南アフリカ)との同級王座決定戦で判定1-2惜敗。初回に偶然のバッティングで右まゆ付近を3センチほどカットし、いきなりの流血でリズムに乗れなかった。坪井は試合後、病院へ直行した。
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田中恒成、吉良大弥と並ぶスピードでも、世界の頂点に駆け上がることはできなかった。
坪井は1回に不意のバッティングに見舞われた後も、何とか集中力を切らさずに戦い、8回終了時点での公開採点ではジャッジ2者が2ポイント差で坪井を支持していた(1者はイーブン)。だが、回を重ねるごとにリーチで勝るマラジカが自分の距離でパンチを当て、坪井の攻撃は空転することが多くなった。
最終12回も坪井は必死にパンチを繰り出したが“当てては動く”マラジカの試合巧者ぶりの前に、判定で涙を飲んだ。
25年3月の2回TKO勝ちのプロデビューから1年6カ月で挑んだ世界初挑戦だった。プロ過去4戦のうち、元世界王者2人と対戦。4月の元WBC世界同級王者ベドロ・ゲバラ(メキシコ)戦も2回に偶然のバッティングが発生。ゲバラが戦闘不能になり、無効試合となった。世界前哨戦は不完全燃焼だった。
坪井は「前回、パッとしない結果で、自分で(バランスが)崩れている部分があるかなと思い、徹底的に積み上げてきた。出来はすごくいい。自信がある」とリングに立っていた。しかし、再びのバッティングもあり、身体能力の高いマラジカを攻略できなかった。
世界選手権で金メダルを獲得後、1度は引退を決めた。当初はプロ転向の気持ちもなかった。
「アマに人生を懸けてきた。五輪出場は3度逃し、縁がないものと思っていた。(世界金で)悔いはないと思ったけど、練習をやめてみると、まだやりたいと。計画にはなかったけど、プロで強い選手と戦うことが面白いのではないか」
同じ95年度生まれの堤聖也(角海老宝石)岩田翔吉(帝拳)ユーリ阿久井政悟(倉敷守安)らが世界トップで戦っていたことも大きかった。「同世代が頑張っているところをみて頑張りたいなと。やりたいことは何でも挑戦したいと思った」。28歳という“遅咲き”でプロの世界に飛び込んだ。今年7月12日には第1子の長女が誕生。世界挑戦前に生まれた、まな娘の存在は大きな発奮材料だった。
勝てば日本人初の世界選手権金&プロ世界王者、そして静岡県出身初の世界王者誕生だったが、全て「お預け」に。既に30歳。掲げた目標は同級での4団体王座統一だが、その第一歩でつまづいた。【千葉修宏】
◆坪井智也(つぼい・ともや)1996年(平8)3月25日、静岡・浜松市生まれ。小学1年から6年間、空手を学ぶ。同小6年時からボクシングを開始。浜松工から日大に進学し、全日本選手権でライトフライ級4連覇。21年世界選手権バンタム級で金メダルを獲得。24年末まで自衛隊に所属。アマ戦績は106勝(10KO・RSC)25敗。25年3月、2回TKO勝ちでプロデビュー。同年6月、2戦目でWBOアジア・パシフィック・バンタム級王座獲得。家族は夫人と1女。身長160センチの右ボクサーファイター。