頭で思っていることを、そのまま態度に出すのは早計だろう。

18日に英スコットランド・グラスゴーで開催されたワールド・ボクシング・スーパーシリーズ(WBSS)準決勝で対戦した両陣営の言動が、試合結果に反映されていたように思う。

21日に帰国したWBA・IBF世界バンタム級王者井上尚弥(26=大橋)は日本に到着し、ほっとしたのだろう。羽田空港での取材で本音を口にした。

「グラスゴーではひと言も言わなかったですけど、メッチャ腹が立っていました。ぶっ倒してやると思いました」

決戦の4日前だった。IBF王者エマヌエル・ロドリゲス(26=プエルトリコ)の公開練習中、井上の父真吾トレーナー(47)が写真撮影。その際、ロドリゲス陣営のウィリアム・クルストレーナー(28)から小突かれた。井上自らは公開練習前のため、その場に居合わせていなかったが、状況の報告を受けていた。ルール違反をしていない父への“仕打ち”に怒りを覚えていたことを明かした。

小突かれた真吾トレーナーは当時、相手陣営からのさらなる「プレッシャー」を警戒したという。「もしも」のことを想定し、同行していたWBC暫定王者拓真(23=大橋)にめがねを預けていたという。「試合に影響してはいけないので、自分がカリカリしないように心掛けていましたね。(井上が怒っていたとは)知らなかったです」。

公開練習での出来事のため、海外メディアも目撃。世界中にロドリゲス陣営の言動が拡散されていた。

試合当日。ロドリゲスの入場時、1万人近く集まったSSEハイドロの観客から大きなブーイングが巻き起こった。中立地のグラスゴーにもかかわらず、想像以上のヒールになってしまった。対照的に井上が入場すると、大歓声とイノウエコールが響き渡った。ベビーフェースVSヒールのコントラストが会場に浮かび上がった瞬間だった。

ゴング後、井上はロドリゲスからグイグイとプレッシャーをかけられた。前に出られた井上は珍しくロープ際まで追い詰められたが、ある意味、単調な攻撃でもあった。「会場の期待の大きさで力んでいた」井上は父の「リラックスして」という助言を受け、1分間のインターバルで対策を練りなおした。2回、カウンター気味の左フックでダウンを奪ってTKO勝利への流れをつかんでいった。

最初のダウンを奪った時の気持ちを、井上は冗談交じりに振り返る。

「相手トレーナーにアピールをしかけたぐらい。スポーツなので思いとどまりましたね」

胸にわき起こっていた気持ちは最後まで態度に出さなかった。

そして真吾トレーナーが総括する。

「(公開練習で)怒らせたり、試合でも(ロドリゲスが)前に出てきたり。あれが向こうの作戦ミスじゃないですか。だからあんなに早く終わっちゃった」

試合直後のバックステージ。ロドリゲス陣営のクルストレーナーから「グッドファイト」と真吾トレーナーは握手を求められたそうだ。お互いの健闘をたたえ合ったという。

「最後に仲直りできて良かったですよ」

WBAとIBFの無敗王者対決。たった1つのミスが流れを変え、現地ムードまでも一変させてしまう。そこを含めて高いステージの勝負だったのだろう。

帰国し、そう、あらためて感じる。【藤中栄二】(ニッカンスポーツ・コム/バトルコラム「リングにかける男たち」)