日本最高峰の格闘技イベントRIZINは9月10日に京セラドーム大阪で「超RIZIN5 浪速の超復活祭り」を開催する。同大会をPPVで全試合生中継するRIZIN公式メディアパートナーのABEMAは1日までに朝倉未来との一戦を控える青木真也に迫る特別番組「ボクらのRIZIN ~青木真也~【後編】」を配信した。
この番組には青木のほか、RIZIN総合演出の佐藤大輔氏、RIZIN事業部長の笹原圭一氏が出演。後編では、長年主戦場としてきたONEチャンピオンシップからRIZINへ復帰する胸中や“ヒール青木真也”誕生の背景、朝倉との一戦への思いを赤裸々に語った。
長年主戦場としてきたONEからRIZINへ復帰することについて、青木は「ONEで10何年やってきて、その中では生き残ったのも事実だし、存在感も残したし、劣っているとは思ってないですね。ちゃんと頑張ってきたなと思って」と、これまでのキャリアへの自負を口にした。
一方で「ONEでちゃんと最後を迎えるものだと思ってた」と、ONEで自身のキャリアを終える覚悟を持っていたことも告白。「ここまでやってきたんだったら、ちゃんと葬ってくれるよねって思ってたんですよ。それが、自分たちの団体の価値を上げることだとも思ってた」と、団体への複雑な思いを明かした。
それに対し笹原氏が「ONEでは青木真也の葬式はできないと思って見てましたよ」と語ると、青木は「それでもちゃんと、自分で墓を掘って、自分で行ってみせるかなっていう意地はやっぱあったから。恥ずかしながら帰ってまいりました。本当に恥ずかしいことは事実」と率直な心境を吐露。その上で「青木をもう1回使おうかな、もう1回使おうかなって思ってもらったのはありがたい」と、再びRIZINから声がかかったことへの感謝を語った。
さらに番組内ではDREAM時代の煽りVTRとともに“ヒール青木真也”が生まれた背景を回顧。2009年に行われた「DREAM8」の桜井“マッハ”速人との一戦を振り返る中で、青木は「前田日明氏がこの試合をめちゃくちゃ褒めてくれた」と明かした。
この映像について佐藤氏は、「これで青木の黒い部分を全開に出させたんですよね。その頃まで、割と無邪気な青木真也だった。青木もそれに乗ってたけど、このVTRでやっぱりちょっとおかしくなっちゃったね」とコメント。
青木も、川尻達也が実直なキャラクターだった一方、自身はヒール的な役割を担っていたと振り返り、「この当時、同世代だったり、前後の世代で、(ヒール役が)いなかったから、俺がやったじゃんと思ってんすよ」と本音を明かした。
佐藤氏も「すごいものを作っちゃったんだなあって気持ちもあるし、ちょっと責任も感じてきた。ごめんな?」と、青木のヒール性を引き出したことへの責任を感じていると告白。まさかの謝罪に、笹原氏も「10年越しの謝罪」と反応し、笑いを誘った。
さらに、過去のあおりVTRを見た青木は「めちゃくちゃしんどい」。「客から何言われたとか、人から何言われたっていうものが、見ると覚えてんすよね」と、当時の記憶が鮮明によみがえると明かした。
青木は06年から15年までを「濃密すぎて」と振り返り、当時感じていた「限界」「もう無理」「死ぬかもしれない」という感覚は「もうない」と告白。16年以降は「仕事だからやらなきゃ」という感覚に変わり、「試合も本当怖かった」と、長年戦い続けてきたからこその胸中を語った。
そして「超RIZIN5」で対戦する朝倉について、青木は「一番良かったときよりは落ちてんじゃないですかね。お互いに」と分析。続けて、「でもまだ彼は先がある。でも俺は先がないから。それが今回の試合の肝じゃないですか」と言い、「逆に先がないから、全部そぎ落としてできる、賭けられることもある」と強調した。
長きにわたり格闘技界の第一線を走り続けてきた青木が、RIZIN復帰への胸中から朝倉との大一番にかける思いまで赤裸々に語った「ボクらのRIZIN ~青木真也~【後編】」はABEMAで見ることができる。