新日本の“怨念坊主”飯塚高史(52)が美学を貫き、無言のまま最後のリングを降りた。

飯塚は86年にデビューして以来、スリーパーホールドを武器とする技巧派として活躍。だが、08年に当時組んでいた「友情タッグ」のパートナー天山を裏切り、ヒールに転向。以来約11年間、丸刈りと長いあごひげ姿で言葉を発しないまま、狂気の戦いを続けてきた。現役最後の試合は6人タッグ戦。同じ鈴木軍の鈴木みのる、タイチと組み、オカダ・カズチカ、矢野通、そして因縁の天山広吉と対戦した。

最後に人間に、元の飯塚に戻ってほしい-。その願いが大飯塚コールとなって、後楽園ホールを包んだ。その声が届いたのか、飯塚はオカダに対し、スリーパーホールドを解禁。オカダがすり抜けたため未遂に終わったが、今度はビクトル膝十字固めで絞め上げた。天山にもスリーパーを仕掛けると、「落とせ」コールが自然発生。勝負は決められなかったが、封印してきた数々の技を繰り出し、会場を沸かせた。

試合前「最後にもう1回もとに戻ってください」と呼びかけた天山は最後まで覚醒の奇跡を信じた。飯塚に馬乗りになり、目を覚ますよう、頬を何度もたたく。さらに飯塚の体に幻の「友情タッグ」Tシャツをのせ、その上からムーンサルトプレスを見舞って、勝利した。その後も飯塚に言葉をかけ続けると飯塚が頭を抱えて苦悩し始めた。

しばらくリングに伏せ苦しみ続けた飯塚は、ふと右手をさし出し、天山と握手。奇跡が起こったかと思われたが、次の瞬間、天山にかみつき、さらにアイアンフィンガーで無情に突き刺した。なりやまない飯塚コールの中、観客席を荒らしながら無言で去った。厳かな10ゴングも、花束贈呈などのセレモニーもなし。異例の引退試合で、現役生活を終えた。

タッグ再結成がかなわなかった天山は「あの人の気持ちが動いていたのは分かった。もう1回夢を見たかった」と悔しがりつつも、「生きざまを思う存分に見せてもらいました」と飯塚をたたえた。【高場泉穂】