プロレスの雰囲気変わっても守るものがある/連載5

12年6月、IWGPヘビー級王者棚橋弘至とのタイトル戦を前にケーキで前祝いする真壁刀義

プロレスには不思議な力がある。24年間、プロレス界の天国も地獄も見てきた真壁刀義(47)の視点からプロレスの力を見つめ直す。第5回はプロレス人気の復活について。

【取材・構成=高場泉穂】

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東日本大震災からの復興と、プロレス人気の復活は時期的に重なる。2011年に集客の手応えをつかんだ新日本プロレスは翌12年になるとPRに力を入れ始めた。

いくらリングの上の戦いが充実していても、その良さ、選手の魅力を広く伝えなければ、さらなる人気を得ることはできない。

12年1月、カードゲーム事業で成長を続けていたブシロードが新たに親会社となった。木谷高明オーナーはさまざまな形で広告を打つと同時に、選手らにツイッターなどSNSでの発信を求めた。

「おれたち選手は試合や自分のことを懸命に発信した。実はこんな人なんだ、こんなこと考えているんだってより分かってもらえたのかな」真壁の代名詞となった「スイーツ真壁」が誕生したのもこの頃だった。日本テレビの朝の情報番組で、お菓子のリポートをするコーナー「スイーツ真壁のうまいっス!!」が始まると、鎖をつけた怖そうな見た目とスイーツ好きというギャップでブレーク。たちまち知名度が上がり、全国どこでも街を歩くと声をかけられるようになった。

「そもそも日本テレビのディレクターが俺のブログを見ていてくれたらしいんだ。俺が子どもの頃は、お菓子はめったに食べられなかった。だから、給料をもらうようになってから好きなスイーツを食うようになって、それをブログで書いてたんだ。その時はほんとに忙しかった。巡業先から東京に戻って長い時は12時間撮影して、また次の日(巡業先に)戻る。この繰り返しだった。でも、ここで“スイーツ真壁”をもっと広めないと会場にお客さんを呼べねえと思ったから頑張ったよね」

新日本は次々と新しいものを生み出し、プロレス界の中で頭ひとつ抜けた存在となっていく。

躍進のきっかけの1つに中邑真輔(現WWE)の覚醒がある。00年代から若き実力派エースとして期待されながら独自色が足りないとされた中邑は、東日本震災後のメキシコ遠征で自分がやりたかったことを大胆に表現した。

マイケル・ジャクソンにヒントを得てクネクネした動きを始め「イヤァオ」と意味不明のフレーズを言い始めた。そのどこか不気味で、それでいて色気のあるふるまいで、一気に人気を得た。

長くライバル関係にあり「中邑を引きずりおろそう」と躍起になっていた真壁も、この大変身を認めざるを得なかった。

「このまま終わるんだったらクソレスラーだ、と思ってたの。そしたら、ある日、いきなりあいつ震え始めたんだ。マイケル・ジャクソンだぜ? 最初ファンは気持ち悪いって言ってたの。そりゃ気持ち悪いよね、ぶるぶるしてたら。それでも、あいつはくじけなかった。中邑がそこですごかったのは、ぶるぶるぶるって震えながらいろんなことをやり始めた。そうやって実験していたものが、数年後花開くんだよね」

さらに13年に放送されたテレビ番組「劇的ビフォーアフター」の反響も大きかった。ぼろぼろだった東京、世田谷・野毛道場の選手寮が美しく改築され、話題を呼んだ。プロレスファン以外にも届くさまざまなアプローチが、新規ファン獲得につながっていった。

「どれも世間に与えるインパクトが違う。新日本プロレスはリニューアルしたんだ、新しくなったんだと思うじゃん。作戦としては最高だよね」

高齢化社会、不況、災害…。不安が多い世の中で、人々はプロレスに非日常と幸福感を求めるのかもしれない。PR作戦が奏功し、新日本は、女性や子ども連れのファンが増えていった。

そこから現在に至るまで経営は右肩上がり。新日本プロレスは、90年代のブームを超える黄金期を迎えている。真壁は今の会場の雰囲気を「アミューズメントパーク」と表現する。

「昔のプロレスファンは、おやじさんが多かったんだよね。でも、今は若い女の子や、親子が多くなった。なんていうかなアミューズメントパーク来てるって感じじゃない? リング上で普段見ないようなでかいやつがぶつかり合う。それに対して、みんな興奮して声を出して楽しんでくれている」

会場の客層が変わるだけでなく、14年には動画配信サービス「新日本プロレスワールド」が始まったことで、ファンは世界中に広がった。

プロレスを取り巻く環境は変わった。しかし、その中でも真壁は変わらず守るべきものがあると強調する。

「アミューズメントパークみたいな雰囲気、俺はいいと思うよ。その上でお客さんが興奮する、欲しているもの。それはいつの時代も変わらないと思うんだ。俺はプロレスは闘いであって、同時に人間模様をみせるものだと思ってる。悔しさとか怒りとか、そういう感情を見てほしい。俺は10歳ぐらいのガキだった時、テレビで大男たちがリング上でぶつかり合っているのを見ながら、いつも『すごいなぁ、すごいなぁ』って素直に思ってた。何にも知らないガキの俺の心を奮わせるものがあったんだ。それは今の時代も変わっちゃいけない。見ている観客の心に何か響かせないとプロじゃねえ。それができるから、お金を出して見てもらう価値があると思ってる」

インターネットの普及によって、あらゆる分野でグローバル化が進み、世界中の興味の対象に、誰でも簡単にアクセスできる時代になった。

その中で新日本プロレスは、近年特に海外戦略に力を入れてきた。少子化が進み、日本の人口が減り、市場の縮小が見込まれる中、海外にビジネスを広げることが生き残る道だからだ。

18年から社長を務めるオランダ人のハロルド・メイ氏は「言葉、文化の壁、男女、年齢の壁、すべて乗り越えられるのがプロレス。ルールも単純明快。見てすぐ分かるスポーツ」とプロレスには普遍性があると語る。

英語での動画や記事配信などでファンは世界に広がり、米国、欧州での興行も、多くのファンを集めるようになった。

コンテンツビジネスという点において、新日本は国内エンタメ界の先端を走り、国内の他のプロレス団体はその背中を追って、努力を続ける。

今年1月4、5日に、新日本プロレスは東京ドームで初の2連戦を開催した。2日間で国内外のファンを含む計7万人超を動員し、大成功をおさめた。

ここからさらに勢いを増すはずだった春、新型コロナウイルス感染拡大という未曽有の事態が世界を襲った。

エンターテインメント界、スポーツ界、すべての興行が止まった。経済活動も、人々の生活も、“止まった”といっていいかもしれない。

今は日本中、世界中のあらゆる人々が苦しんでいる。

真壁は言う。「こういう時こそ本領発揮しなくちゃいけないのがプロレスなんだ」。今この状況で、プロレスには何ができるのか。これまで何度も苦境を乗り越えてきたプロレスの底力が試される時がきている。