<日本人初3団体統一王者へ 6・7 井上vsドネア 完全決着(2)>
井上尚弥-ノニト・ドネア戦は、2年7カ月ぶりの再戦になる。井上が判定勝利を収めた初戦は一進一退の名勝負だったが、お互い手の内を知り尽くした2度目の対決は、まったく別の展開になる可能性もある。そこで6人と再戦して不敗の強さを誇った元WBC世界ライト級王者のガッツ石松氏(73)に、リターンマッチで勝つ秘けつ、井上の強さの理由について持論を聞いた。【取材・構成 首藤正徳】
石松 オレは人生で同じ失敗を2度はしてないね。ボクシングに限らず、ゴルフでも。研究心もあるけど、一番は気持ち。子どもの頃から負けたりすると、Why!、なぜ! って考える性分でね。同じ屈辱は受けないぞって。だから「ガッツ」っていうんだよね。
ボクシングでは6人とリターンマッチを戦って不敗。キャリア序盤に2度引き分けているが、その後は4戦全勝。74年4月、王者ロドルフォ・ゴンザレス(メキシコ)を8回KOで撃破して世界王座を奪取。7カ月後に立場を変えて対戦し、12回KOで2度目の防衛に成功した。
石松 初戦に勝っているから、再戦も同じ戦略を貫いたね。相手も研究してきたけど鉄かぶとをかぶっているわけじゃないから。徹底したのが攻撃の組み立て。足を使って、左ジャブを多用しながら、相手をうまく引き寄せて、一気にワンツーをたたき込む。試合中、忘れないようにセコンドに「左ジャブを出せ、足を使え」と、それだけ言ってくれと頼んでいたよ。
74年9月のチュリー・ピネダ(メキシコ)との初めての防衛戦は、苦戦の末の引き分けに終わったが、翌75年6月の4度目の防衛戦での再戦では、後半に勝負をかけて、判定勝ちを収めた。
石松 苦戦の原因を考えたら、スタミナと馬力が足りなかった。だから、それを補うような練習をした。この一戦に限らず、自分は負けたり、失敗すると、真剣に反省して、なぜ失敗したかを考えて、考え抜くの。夜1人になった時とかに。「Why」とね。そうすると見えてくるものがある。だから2度目は1本芯が通った試合ができたね。
井上の強さの要因について、石松氏はトレーナーの父真吾さんの存在が絶大だという。
石松 子どもの頃から指導してきた信頼する父親がセコンドにいると、安心感、心の余裕がまるで違う。泣いてる子どもを母親が抱っこすれば泣きやむでしょう。あれと同じ感じかな。井上のことを知り尽くしているので、失敗した時のワンポイントの助言も効く。自分にはエディ・タウンゼントという名トレーナーがいた。彼がいれば世界戦でも気後れしないし、一言でパワーをもらった。ラーメンにコショウを入れるようなもので味が調うの。
ゴンザレスとの再戦では、11回終了後、エディさんの「これケンカよ。石松、ケンカ得意でしょ! ぶっ飛ばすのよ!」というゲキに発奮して、12回のKO劇が生まれた。
石松 減量中や合宿中でも、エディさんの片言の日本語に救われたね。プエルトリコで負けた6度目の防衛戦は、エディさんがいなかった。いたら勝ってたと思う。セコンドはそれほど大事なんだね。もともとの才能に加えて、井上には尊敬する父親が側近にいることが大きい。実力以上の目に見えない何かが精神面にプラスされるんだよね。人間は気持ち、心の持ちようが一番重要なの。人生でも同じでしょう。
◆ガッツ石松(いしまつ)本名・鈴木有二(すずき・ゆうじ)。1949年(昭24)6月5日、栃木県粟野町(現鹿沼市)生まれ。66年12月プロデビュー。72年東洋ライト級王座獲得。74年にWBC世界ライト級王座獲得。5度防衛。戦績は31勝(17KO)14敗6分け。79年に引退後は個性派俳優として活躍。NHK朝ドラ「おしん」や米映画「太陽の帝国」「ブラック・レイン」などでハリウッドにも進出。08年に鹿沼市民栄誉賞受賞。流行語になった「OK牧場」などユニークな語録でも知られる。