【ボクシング】田中教仁3度目世界挑戦も8回TKO負け「悔いはない。引退しようと思っている」

<プロボクシング:WBC世界ミニマム級タイトルマッチ12回戦>◇28日◇タイ・ラヨーン

WBC世界ミニマム級9位田中教仁(のりひと、38=三迫)が3度目の世界挑戦も、王座獲得できなかった。同級王者パンヤ・プラダブスリ(32=タイ)に敵地で挑み、8回2分11秒、TKO負け。1回で左フックでダウンを喫した田中は手数を増やして反撃したものの、3回にはラッシュを浴びて後退。5回には右目上をカットし、8回に連打を浴びたところでセコンドから棄権の申し出があり、TKO負けとなった。

これで日本ボクシングコミッション(JBC)公認によるタイ開催の日本人世界戦は63年1月、ファイティング原田が判定負けして以降、26敗1分けという「負の歴史」を払拭(ふっしょく)できなかった。田中も20年3月、WBA世界同級スーパー王者ノックアウト・CPフレッシュマート(タイ)に判定負け、22年8月にWBC王者パンヤに判定負けして以来、3度目の世界挑戦だった。

田中は「倒しにいったら、かみ合うので、どちらしかない。KOで勝つか、KOで負けるか。それで自分が先にもらってしまった形です。倒すか倒されるかは想定内。倒すしかないと思っていた。できればやり続けたい気持ちあったが、セコンド陣が(棄権の判断を)出した。悔いはない。最後、悔いない練習をしてきました。引退しようかなと思っている」と口にした。

実はパンヤ戦に向けたスパーリング中に視界がぼやけるような症状が出ていたという。田中は「ボクシングには支障ないので、この試合に関係はない。自分が弱かっただけです。ただ目は両目で見ると(焦点が)合わない。生活に支障がでるかな」と引退を決める理由の1つに挙げていた。

05年3月にプロデビューした田中は由香梨夫人と結婚後の11年11月から活動を休止。育児と仕事に専念するという「育休」を取って家族を支えた。約5年3カ月のブランクを経て、17年2月にリング復帰。19年1月に日本ミニマム級王座を獲得。敵地タイに乗り込む3度目の世界戦だった。

なおWBC同級暫定王者には重岡優大(26=ワタナベ)がいる。