<新日本:G1 CLIMAX>◇優勝決定戦◇13日◇東京・両国国技館
“制御不能なカリスマ”ロス・インゴベルナブレス・デ・ハポン(L・I・J)の内藤哲也(41)が、6年ぶり3度目のG1制覇を果たした。史上初の3連覇を目指したオカダ・カズチカ(35)に、レインメーカー式デスティーノをさく裂。最後は渾身(こんしん)のデスティーノで34分18秒の激闘に終止符を打った。新日本の看板の2人。内藤が、常に先を走ってきた後輩オカダの前に立った。
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焦る必要などなかった。バックステージに登場した内藤は、用意された椅子をどかした。王者に許されし、時間と空間。「何か聞きたいことありますか?」。ぐっと目を見開き、多くの報道陣を見渡した。「あったとしても、残念ながら今答える気はないな」。自ら提案しながら制し、「俺の言いたいこと、俺の答え、何だと思いますか?」と問うた。報道陣から「トランキーロ!(スペイン語で落ち着け)」と声が上がると、ニヤリと笑った。「分かっているじゃないですか! 俺の答えはもちろん、トランキーロ! あっせんなよ」。
焦って、質疑応答を済ませる必要もなかった。疲労困憊(こんぱい)。「とにかく今日は疲れたんだ。27時間ぐらいかな。ゆっくり寝かせてくれよ。明日会見あるのかな? あるのであれば、また明日、楽しみにしながらお待ちください。いつ始まるのか…。その答えはもちろん、トランキーロ。あっせんなよ、アディオス」と控室へと消えた。
試合後のコメントに、余力を残してはいられなかった。オカダとの頂上決戦。30分を過ぎてから試合が激化した。内藤がG1を初制覇した10年前の必殺技スターダストプレスを発射も、間一髪でかわされた。会場がどよめく間もなく、今度はオカダが、内藤のデスティーノ(変形リバースDDT)を危険な角度の脳天くい打ちで切り返す。そして決着の時。内藤がレインメーカー式デスティーノで追い込み、最後は渾身(こんしん)のデスティーノで終止符を打った。「今は何も考えたくない」。身も心も制御不能だった。
新日本の2枚看板。ただ、オカダにはいつも先を越されてきた。G1初制覇、IWGPヘビー級王座初戴冠も後輩が先だった。オカダの新日本プレデビュー戦(07年8月26日)の相手を務めたのも内藤。互いに意識し合ってきた。かつて言ったことがあった。「常に嫉妬対象でしたね」。14度目のシングルの対戦で、7勝7敗の5分に戻した。
G1覇者として、日本プロレス界の最大興行「1・4東京ドーム大会」でのIWGP世界ヘビー級王座挑戦に前進した。同王者のSANADAは、かつてのL・I・Jの同志だが、相手が誰であろうと、内藤は言うだろう。「トランキーロ! あっせんなよ」と。【栗田尚樹】
○…内藤が挑むIWGP世界ヘビー級のベルトが盗まれた!? この日の第7試合でEVILが、現王者のSANADAから強奪。さらに阿部リングアナを脅迫し「SANADA選手はチャンピオンには値しない選手です。よって、IWGP世界ヘビー級王座は、剥奪処分とし、EVIL選手に譲渡することとします」と用意していたメモを読み上げさせた。「タイトルマッチ受けてやってもいいぞ」と暴挙に出たが、果たしてSANADAが“挑戦者”として受けるのか-。2人の動向に注目が集まる。
◆内藤哲也(ないとう・てつや) 1982年(昭57)6月22日、東京都足立区生まれ。06年5月にデビュー。メキシコ遠征から戻った15年に「ロス・インゴベルナブレス・デ・ハポン」を結成し、ブレーク。16年4月にIWGPヘビー級王座初戴冠。180センチ、102キロ。得意技はデスティーノ。