<連載:プロから見た井上尚弥>
全米ボクシング記者協会の最優秀写真賞を4度受賞したボクシングカメラマンの福田直樹氏(58)は「パンチを予見する男」の異名を持つ。決定打のインパクトを見事に切り取る腕は世界一と称される。井上尚弥(30=大橋)の世界戦をリングサイドで撮影して約9年。26日の4団体王座統一戦マーロン・タパレス(31=フィリピン)戦(東京・有明アリーナ)に向けた「プロから見た井上尚弥」連載の第2回は、超一流の撮影のプロがファインダーから見えたモンスターの強さを語った。【取材・構成=首藤正徳】
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井上選手の試合を初めてリングサイドで撮影したのは、14年12月のWBO世界スーパーフライ級タイトルマッチでした。2回KOで2階級制覇を達成した一戦です。印象的だったのが試合直後の光景です。
王者ナルバエスのコーナーに井上選手が握手しに来たら、セコンドがパッとグローブを握ったまま離さない。何か細工がしてあるんじゃないかと確かめていたんです。それほど衝撃的なKOでした。
2階級制覇王者のナルバエスの試合は海外でも撮影しています。ダウン経験もなく、攻略しにくい相手だと思っていました。それが、井上選手はいきなりおでこのあたりに当てたパンチでダウンを奪った。どこに当たっても倒してしまうパンチ力にびっくりしました。まるでマイク・タイソンのようでした。
もう1つ驚いたのが左ボディーブローです。ナルバエスを倒した最後のパンチや、19年11月のドネアとの第1戦でダウンを奪ったパンチです。映像では相手のボディーをかすったようにしか見えないのですが、撮影した写真を見たら、通過する瞬間に正確に急所をえぐり取っていました。世界でもほとんど見たことのないパンチです。
一般的に左ボディーブローは相手のスタミナを削り取っていくパンチなので、なかなか致命打にはなりません。だからディフェンスがうまい選手でも、このパンチはけっこう打たせます。それを井上選手は致命打にしている。相手にとっては避けようがないですよ。
彼のボクシング自体は寸分の乱れもない教科書のようで、撮影していてもリズムを合わせやすい。でも想像よりずっと速くて、パンチを出す瞬間に強打者にありがちな“ため”がない。そしてどんな距離からでもKOパンチを次々と打てる。いつ倒すか予想がつかないという意味ではシャッターは合わせにくいですね。
フェイントにもいろんな組み合わせがあります。今年7月のフルトン戦で8回に奪った最初のダウンは、左ジャブをボディーに3発打って、単発だと思わせておいて、実は3発目は強めに踏み込んで、体を残した状態から右強打を顔面に打ち抜いた。フルトンは反応できませんでした。
ファインダー越しに発見もあります。井上選手はパンチを打つ瞬間、相手をカッと見据えているんです。ほとんどのボクサーは目をつぶったり、しかめたりするのですが、彼はインパクトの瞬間までしっかり見ている。これは私が撮影したボクサーではゴロフキンくらい。だからパンチの精度が高いのかもしれません。写真的にも絵になります。
そもそも彼は構えからして尋常じゃない。初回に相手と対峙(たいじ)した時点で、まったくスキがない。左手の位置が絶妙で、ガードもできるし、ノーモーションで放つジャブも強い。相手はすごく距離を遠く感じているはずです。攻めないと強いジャブがくる。でも攻めたらカウンターでやられる。自信満々で出てきたフルトンの顔が、1回のジャブの打ち合いで動揺したのがはっきりと分かりました。
映画「燃えよドラゴン」で、主演のブルース・リーが最初にオハラと対戦した時に、そのスキのない構えに相手は攻めることも、守ることもできなかった。フィクションの世界ですが、あのブルース・リーの構え、呼吸、タイミングは、井上選手に通じるものがある。構えを撮影しているだけでぞくぞくする。そんなボクサーは初めてですね。
◆福田直樹(ふくだ・なおき)1965年(昭40)7月15日、東京都生まれ。大学在学中にボクシング専門誌で働き始め、01年に写真家を志して渡米。ラスベガスを拠点に年間400試合以上をカメラに収める。米リング誌の専属を8年間務め、全米ボクシング記者協会の最優秀賞を4度受賞。12年にはWBCの年間最優秀カメラマンにも選出された。16年に帰国。ボクシングマニアとしても知られる俳優の香川照之は小中高時代の同級生。