<プロボクシング:全日本新人王決勝戦>◇23日◇東京・後楽園ホール
ミドル級決勝で赤井英五郎(29=帝拳)が、ダウンの応酬の末、冨永一希(23=仲里)に3回1分10秒、TKO負け。1980年度スーパーライト級新人王で俳優の父英和に続く「親子2代の全日本新人王」を逃した。
開始59秒でサウスポーの冨永の左ストレートを浴びてダウンしたが「バランスを崩してアッという感じ」でダメージは少なかった。2回に入ると両手をアゴの前に合わせて頭を振って前進する元統一世界ヘビー級王者マイク・タイソン(米国)のスタイルに急きょ変更。前進につぐ前進で1分40秒すぎに右フックでダウンを奪い返して、試合を振りだしに戻した。
3回も同じ戦い方で前進したが、1分すぎに冨永の左ストレートからの連打を再びまともに浴びてヨロヨロとロープに後退。レフェリーが割って入り、試合を止めた。早めのストップに会場には「エーッ」という不満が声がうずまいたが、「もうちょっと続けたかったけど、もらいすぎて止められたのは仕方ない。悔しいです」と、赤井は敗戦を受け止めた。
リングサイドで観戦した英和は「足の位置が悪かった。(サウスポー相手に)“足の位置が大切だ”とアドバイスしていたけど。相手に中に入られてまともに左をもらった」と敗因を分析。2回からのタイソンスタイルの変更について赤井は「相手の距離になっていたので、手を前に出して防ごうと思った。タイソンが好きだったので、見よう見まねでやった」。特に練習していたわけではなかったと明かした。
今後について英和は「可能性のある選手でもっと上に行けると思うけど、今はゆっくり休めと言いたい。休んでから、じっくりと考えて本人がしたことをすればいい」。痛い3敗目(4勝3KO)を喫した赤井は「けじめというか、結果を残さなくてはと覚悟の上で臨んだ試合。僕だけの判断では……」と気持ちの整理がつかないようだった。【首藤正徳】
◆赤井英五郎(あかい・えいごろう)1994年(平6)9月22日、東京・世田谷区生まれ。小、中学校とラグビー、米ハワイで過ごした高校時代はアメリカンフットボールをプレー。米ウィディア大に進学し、20歳でボクシングを始める。18年全日本社会人選手権ミドル級優勝。趣味は動画編集。好きな選手はロベルト・デュラン、マイク・タイソンら。アマ戦績は8勝(4KO)6敗。家族は両親と姉、弟。身長179センチの右ファイター。