<プロボクシング:IBF世界フェザー級タイトルマッチ12回戦>◇2日(日本時間3日)◇米ニューヨーク州ベローナ・ターニングストーンリゾート&カジノ
IBF世界フェザー級1位阿部麗也(30=KG大和)が世界初挑戦で王座獲得を逃した。3度目防衛戦だった同級王者ルイス・アルベルト・ロペス(30=メキシコ)に挑戦したが、8回39秒、レフェリーストップによるTKO負けを喫して世界王座を手にすることはできなかった。序盤に王者の左カウンターを受けた右目は大きく腫れあがり、3、4回の開始前にはドクターのチェックを受けた。それでも果敢に攻めたが、ベルトには届かず。試合後は病院へ向かった。
3度目の防衛に成功した王者ルイス・アルベルト・ロペスは、リング上でのインタビューで「第8ラウンドで妻と娘の顔をちらっと見ました。さあ、ここで試合を決めてやろうと思ったんです。(序盤で阿部が目を負傷して)相手にはリスペクトしかないです。目が腫れ上がっているのは分かっていましたが、日本の選手がハートが強いのは知っています。私もハートが強いことを見せることが出来ました。(次戦については)前にも言いましたが統一王者になるのが夢です。上の階級に上がってもいい。(自身の試合の)次の試合の勝者(WBAフィザー級王座決定戦ホルマトフ対フォード)を相手にしたい」と話した。
阿部は、昨年4月に元世界王者キコ・マルチネス(スペイン)とのIBF世界同級挑戦者決定戦に判定勝ちし、次期挑戦権を手にした阿部にとって約11カ月ぶりのリングが初の海外マッチ、待望の世界初挑戦だった。24日に渡米し、現地で確保したボクシングジムなどで最終調整した阿部は「初の米国で移動も長かったが、順調に調整できた。日本で試合する時以上に今、調子がいい」と手応えを示していたが、米国でも評価が高いロペスに敗れた。
地元福島県の高校を卒業後、大手自動車部品・建築機械部品メーカー、プレス工業の藤沢工場に勤務しながらKG大和ジムにフィットネス会員として入会した。アマ戦績は7勝(1KO)8敗で、国内8強が最高成績だった。日本ランカーとも軽くスパーリングできる技術、スピード、目の良さなどを見抜いた所属ジム片渕剛太会長(50)の勧めでプロに転向。約10年かけてサラリーマンボクサーとして世界戦までこぎつけた。
会社ではヘルメットに作業着姿で8時から17時まで主にトラック部品を作る。ジムワークは20時から約2時間程度。約10年間、就業後に練習するスタイルを続けてきた。役員を含めた会社関係者が現地まで応援。そして幸子夫人(38)、6歳の長男洸空(こうあ)君、4歳の次男璃空叶(りあと)君も一緒に現地入り。阿部は「勝利を日本に持ち帰ることが最大の恩返しだと思っている。ロペスをぶっ倒して勝つ」とKO宣言し、自らの気持ちを鼓舞させていたが、世界ベルトは手に出来なかった。
人気バスケットボール漫画スラムダンクの主人公・桜木花道の決めぜりふ「天才ですから」を自身に投影。「自称天才」を愛称に選択し、この日のトランクスには「GENIUS」と刻んだ。「自分は普通の一般人」と言い切る「サラリーマンボクサー」阿部のプロ生活10年間の集大成となるIBF王座挑戦だったが、念願の世界王座は遠かった。
◆阿部麗也(あべ・れいや)1993年(平5)3月25日、福島・猪苗代町生まれ。中学まではバスケットボール、陸上砲丸投げを経験し、会津工高からボクシングを開始。アマでは国体8強で、戦績は7勝(1KO)8敗。プレス工業就職を契機に神奈川県に転居し、同僚に誘われて一般会員としてKG大和ジムに入門。13年6月にプロデビューし4回判定勝ち。14年には全日本フェザー級新人王を獲得。22年5月、日本、WBOアジアパシフィック同級王座を獲得。家族は幸子夫人と2男。身長172センチの左ボクサーファイター。