<プロボクシング:WBA世界フライ級タイトルマッチ12回戦>◇6日◇東京ドーム
プロ15戦目となるWBA世界フライ級3位桑原拓(29=大橋)が世界初挑戦で世界奪取に失敗した。初防衛戦となった同級王者ユーリ阿久井政悟(28=倉敷守安)に挑戦し、0-3判定負けを喫した。21年7月、当時の日本同級王者だったユーリ阿久井に挑戦したが、10回TKO負け。約34年ぶりの東京ドームでのボクシング興行という大舞台で、リベンジ&世界王座獲得のチャンスが巡ってきたが、ユーリ阿久井に返り討ちされた。区切りとなる日本ボクシングコミッション(JBC)公認の日本ジム所属100人目の世界王者になれなかった。
桑原は勝負に出ていた。「いつか、しっかり(ユーリ阿久井に)リベンジしたいと思っていた。その再戦が世界戦で東京ドーム。世界挑戦というよりリベンジ。そのリベンジした先に世界ベルトがある」と見据えていた。初対決では1回に右カウンターでダウンを許しながらも持ち前のスピードと手数の多さでテンポ良く反撃。しかし最終10回に右を浴びて仕留められた。 桑原は「僕がアマチュアの延長みたいなボクシングをしていた中、ユーリ阿久井選手にプロボクシングは甘くないと教えられた試合。ボクシング人生、ボクシングスタイルそのものを変えてくれるきっかけになった。1度勝っている相手の挑戦を受けてくれる男気に対し、本当に感謝とリスペクトがある。全力で倒しにいく」との闘志を秘め、リングに向かっていた。
前回のユーリ阿久井戦の2週間前からコンビを組んだ元東洋太平洋フェザー級王者松本好二トレーナーの指導で、スピードやパンチに緩急をつけるスタイルを身につけた。肉体改造とも言えるフィジカルトレーニングにも取り組んだ。同門の武居由樹がK-1時代に所属していたジム、パワー・オブ・ドリームの朝練習に週1、2回ほど通い、タイヤを使った筋力トレ、ハンマートレを続けた。桑原は「1年ぐらいで見違えるほど体が大きくなった。原始的なトレーニングで生物的に強くなった。それがボクに足りなかったところなので」とパワー強化に手応えを示していた。
5歳から空手を始めた桑原は小学1~6年と近畿地区の大会で6連覇。K-1魔裟斗にあこがれていたが、小学5年から並行して始めたボクシングにのめり込んだ。興国高、東京農大と進んだ経歴から「井岡2世」と呼ばれてプロデビュー。ユーリ阿久井に負けた後は東洋太平洋フライ級王座獲得するなど5戦(4KO)無敗で世界初挑戦にたどり着いていた。