初代タイガーマスクの佐山サトル率いるストロングスタイルプロレス(SSPW)が26日に後楽園大会を開催する。Wメインイベントで行われる王者・村上和成VS挑戦者・船木誠勝のレジェンド王座戦で18年越しのドラマが決着を迎える。
2006年に旗揚げされたプロレス団体「ビッグマウスラウド」。同団体の社長を務めた村上と、当時5年ぶりのプロレス復帰を果たそうとしていた船木は同年2月26日、徳島で一騎打ちを行う予定だった。だが団体内のトラブルで、船木はスーパーバイザーを務めていた前田日明とともに離脱。両者の一騎打ちは幻に終わった。あれから18年。SSPWから届いた船木のインタビューを抜粋でお届けする。
-ビッグマウスラウド時代の因縁を清算するレジェンド王座戦
「2000年の引退から5年後、2005年に前田(日明)さんと再会したんです。当時、前田さんがスーパーバイザーを務めていた団体がビッグマウスラウドで、自分に復帰してもらえないかと。ただ、最初言っていたのがマスクマンとしての復帰だったんです」
-マスクマン
「映画とのコラボみたいな形で。ただ、自分にとっては引退して5年を経ての復帰になるので、大事にしたいというか、ちょっと無理だなと。マスクマンの話は一度断りはしたんですが、その1週間後ぐらいにまた前田さんに呼ばれて『UWFをもう1回やろうと思う。お前も協力してくれないか』と。それでUWFの昔のビデオを見たりして。前田さんに『やります』と答えたのがキッカケだったんです」
-そういう経緯があった
「ビックマウスラウドを軸に1年に4回ぐらいスーパーUWFをやってみようと。そんな中での2006年2月26日、徳島大会で自分の復帰戦として、村上選手とやりましょうと」
-水面下で決定した
「実は復帰第2戦は後楽園で天龍さんが相手をしてくれるっていう話まで決まってました。ただ前田さんとビッグマウスラウドのフロント(元新日本プロレス取締役の)上井(文彦)さんが決裂し、自分も一緒に離れることになってしまって。村上社長を一人残したままになってしまったことが心残りでした」
-その後、村上さんも上井さんと決別
「(ビッグマウスラウドの経営が)大変なことになってますっていう話を聞くたびに、ちょっと悪いな、申し訳ないなという気持ちがずっとありました」
-運命の徳島大会から18年の時を経て、村上選手のほうから対戦を望んだ
「きたなと。うれしかったですね。やっぱり、残った者のほうがつらいんですよ。去った人間は、そこからまた新しい生活が始まりますけど、残った者はあと処理じゃないですけども、やっていかなきゃいけない」
-そこを乗り越えた現在の村上和成には人間的な強さもある
「それはあると思いますね。人間って、肉体的なツラさより、精神的なツラさの方がこたえるんですよ。ただ、それを乗り越えた時、それまで以上の強さを得られるので」
-どんな試合になる
「わからないですね。わかんないからこそ面白いと思います。そして、わからないからこそ“格闘”になると思います。それにタイトルマッチっていうところも良かった。ただシングルマッチじゃなくて、その先にストロングスタイルのタイトルがある。自分も(戴冠したら)6年、7年ぶりぐらいになる。来年、デビュー40周年になりますし、ここでベルトを取れたらもう1回メインに上がっていけるかなと」
-レジェンド王座奪取となれば2017年9月以来
「だいぶ時間がたったなと思います。やるからには、もう1回。ストロングスタイルの中でも、自分はストロングスタイルだと思ってますので」
-ストロングスタイル・オブ・ストロングスタイル
「もう1回返り咲きたいなっていう気持ちはありますね。先日行われた記者会見の時、スーパー・タイガーがSSPWのストロングスタイルと新日本プロレスのストロングスタイルはどう違うのか? という質問をされていたじゃないですか。SSPWの闘いは佐山さん、その先にやっぱり(アントニオ)猪木さんがいると思うんです」
-このタイミングで村上さんから対戦要求があり、舞台は佐山さんのリング。猪木さんの三回忌があって、船木さんは来年40周年
「だからこそ何がストロングスタイルなんだっていうのを自分自身も感じながら、村上選手と戦いたい。戦う意味、戦いとは何なのか。当たり前のことなんですけど、ちゃんと戦うことが重要な一戦になるのかなと。ストロングスタイルとは何なのか、それをしっかり見せて、自分がベルトを取りたい」