元統一ヘビー級王者ジョージ・フォアマンさんが死去した。76歳だった。フォアマンさんの家族がインスタグラムで3月21日(日本時間22日)に亡くなったと報告した。1968年のメキシコ・オリンピック(五輪)決勝でヨナス・チェプリス(リトアニア)を倒して金メダルを獲得。プロ転向後も世界ヘビー級王座を2度獲得するなど名勝負を繰り広げた。
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1991年4月19日。私の人生を決定づけた運命の日である。
この日、米ニュージャージー州アトランティックシティーで行われたプロボクシング統一世界ヘビー級タイトルマッチをリングサイドで取材した。
まさに全盛期の28歳の無敗王者イベンダー・ホリフィールド(米国)に、17年前に失った王座奪還を目指し、10年のブランクを経て復帰した42歳のジョージ・フォアマン(同)が挑んだ一戦である。
120キロ近い太鼓腹の元王者の勝利を予想する声は皆無。米国人記者たちは「ジョークだ」と冷笑していたし、地元紙は太っちょ(FAT)に引っかけて「FAT CHANCE(あり得ない)」の見出しを付けた。私も早期決着を予想していた。
序盤から王者の速射砲のような連打が火を吹いた。予想と違ったのはパンチの嵐の中、挑戦者が前進を続け、豪快な右強打で何度も王者をロープに吹き飛ばしたことだ。時代の逆転…起こるはずのないことが起きている。背中に戦慄(せんりつ)が走った。
1万6000人の大観衆は試合終了を待ちきれずに立ち上がった。王者の判定勝利が告げられても「ジョージ! ジョージ!」の地鳴りのような大合唱が会場を揺らし続けた。
時代にあらがい、果敢に挑んだフォアマンの勇気、生きざまに酔いしれ、計り知れない人間の可能性に気づかされたのである。負けても勝者になれるのだと私は思った。
「年寄りであることを恥じることはない。もっと誇りを持って生きていい」。試合後の彼の言葉は、年齢を重ねるにつれて私の中で輝きを増すようになった。
実はあの日、週刊誌の取材で来ていた女性と、たまたま記者席が隣になった。42歳の勇猛なる戦いに大いに魂を揺さぶられて意気投合。それがきっかけで彼女と結婚することになる。
スポーツの感動は人の人生をも変えてしまう力がある。それをジョージ・フォアマンは拳で教えてくれた。私にとって恩人でもあるのだ。【首藤正徳】