<プロボクシング:WBC世界ミニマム級タイトルマッチ12回戦>◇30日◇愛知県国際会議場
前WBC世界ミニマム級王者で同級1位の重岡優大(27=ワタナベ)が王座返り咲きに失敗した。同級王者メルビン・ジェルサレム(30=フィリピン)に挑戦し、0-3の判定負けを喫した。1年前の24年3月、同じ愛知県で判定負けを喫した際に苦しめられた右ストレートに対応できず、劣勢の展開を覆せなかった。ジェルサレムに返り討ちされ、雪辱を果たせなかった。5月24日に世界再挑戦が決まった前IBF同級王者の弟銀次朗(25)に勝利バトンをつなげなかった。
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雪辱は果たせなかった。序盤から重岡優の左強打が届かず、ジェルサレムの右ストレートを浴びる展開が続いた。途中採点から常にポイントでリードされる苦しい展開。カウンターで局面打開を図ったが、流れは引き寄せられなかった。
2度のダウンを許してプロ初黒星を喫したジェルサレムとの初対決は「ボクシング人生で1番悔しかった」と落ち込んだ。だが2~3日後にはリベンジ魂が燃えた。同7月、弟銀次朗もIBF同級王座から陥落し、重岡兄弟から世界ベルトが失われた。重岡優は「この1年間、何をしてきたのか。どんな気持ちでリングに上がっているのかが見て分かる試合をする」との思いを胸にリングに立った。
1年分の成長をみせるために自身初の海外キャンプを試みた。弟や指導を受ける町田主計トレーナーと一時的に離れ、2月に約2週間、単身フィリピンに向かってスパーリング合宿を敢行した。重岡は「数年前の僕なら1人でフィリピンなんて行きたくないし、だるいと思うタイプだったけれど、それも全部乗り越えて王者になる」(重岡)。現地のプロ選手と同じメニューで、寝食をともにしながら練習。気温30度以上ある現地のエアコンもないジムでスパーリングを消化し「世界王者になる人たちはボクシングが強いだけではないとキャリアを重ねるごとに思う。飛び込み、こなしてナンボとポジティブな考えた方に変わった」と精神的成長も実感していた。
23年10月、当時、暫定王者として正規王者パンヤ・プラダブシー(タイ)との統一戦に臨んだ際に感じた挑戦者の心を思い出していた。「1回ごとに気持ちがみえるのが挑戦者の強み。パンヤ戦はその感覚で(昨年の)ジェルサレム戦はその感覚はなかった。そこは学んだ」。最後まで競り合う姿勢は変えなかったが、勝利に届かなかった。
◆重岡優大(しげおか・ゆうだい)1997年(平9)4月16日生まれ、熊本市出身。空手を経てボクシングを始め、開新高で4冠。拓大進学後、18年に全日本選手権ライトフライ級制覇しアマ5冠に。アマ戦績は81勝10敗。大学3年で中退し、ワタナベジムからプロ転向。19年10月にプロデビュー。21年2月、日本ライトフライ級ユース王座を獲得。同11月、WBOアジア・パシフィック・ミニマム級王座を奪取し、22年11月に日本同級王座、昨年4月、WBC世界同級暫定王座を獲得し、同10月に統一戦を制し正規王者に。家族は両親と姉、弟、妹。身長160センチの左ボクサーファイター。