死去したホーガンさん日本でのシングル名勝負 83年6月はアックスボンバーで猪木を失神させる

1991年12月12日 ハルク・ホーガン対天龍源一郎

プロレスラーで「超人」と言われたハルク・ホーガンさんが24日、死去した。午前9時21分に医療関連の通報を受け、消防隊と警察が米フロリダ州クリアウォーターのホーガンさんの自宅にかけつけた時には心停止状態。そのまま近隣にあるモートン・プラント病院に搬送されたが、午前11時17分、死亡が確認されたという。米メディアによると、ホーガンさんの死因は心臓停止だったと報じている。5月に首(頸椎固定)の手術を受けた後、合併症に苦しみ、健康状態が不安視されていた。

 

★日本で行われたハルク・ホーガンのシングル名勝負

※○スタン・ハンセン(9分35秒、リングアウト)●ホーガン(1981年5月10日、後楽園ホール)

新日本の外国人エースに前年に初来日したホーガンが挑んだ。パンチ、キック、エルボーの応酬で始まったラフファイトは、やがて戦場を場外に移しての激闘に。最後はハンセンがウエスタン・ラリアートを決めてリングアウト勝ちを収めた。

 

※▲ホーガン(9分48秒、両者リングアウト)▲アンドレ・ザ・ジャイアント(1982年6月18日、蔵前国技館)

日米のマットで活躍した2人合わせて400キロの巨人対決はホーガンのバックブリーカー、アックスボンバー2連発に対して、アンドレもヘッドバット、ジャイアントキックで応戦する迫力満点の肉弾戦になったが、最後はリングアウトで決着つかず。

 

※○ホーガン(21分27秒、KO)●アントニオ猪木(1983年6月2日、蔵前国技館)

序盤は猪木ペースも延髄斬りを自爆した直後にホーガンのアックスボンバーがさく裂して形勢逆転。場外で再びアックスボンバーを浴びた猪木がリングに戻ろうとした瞬間、再びホーガンのアックスボンバーがさく裂。猪木は場外で舌出して失神した。

 

※○ホーガン(12分30秒、片エビ固め)●スタン・ハンセン(1990年4月13日、東京ドーム)

開始と同時にホーガンがナックルパンチで一方的に攻め続けた。5分すぎには場外乱闘でハンセンを鉄柱、放送席の机にたたきつけて流血戦に。その後、ハンセンの反撃を受けたが、最後はアックスボンバーをさく裂させて、ライバルからフォールを奪った。

 

※○ホーガン(13分57秒、体固め)●天龍源一郎(1991年12月12日、東京ドーム)

試合当日の夕方に来日したホーガンは序盤に天龍のパワーボム、延髄斬りと大技を浴びて劣勢になる場面もあったが、10分すぎに逆襲のアックスボンバーを決めた。それでも反撃に出た天龍に最後はアックスボンバー2連発を決めてフォール勝ちした。

 

※○ホーガン(15分55秒、片エビ固め)●グレート・ムタ(1993年5月3日、福岡ドーム)

ホーガンの意外な腕ひしぎ逆十字固めで戦いがスタートした。10分すぎにムタが木づちでホーガンの顔面を殴り、場外へ引きずり出してラリアットをたたきつけるなど反則攻撃でペースを握ったが、15過ぎ、ホーガンのギロチンドロップからのアックスボンバーで決着した。