ホーガンさん死去 WWE「レッスルマニア」発案のマクマホン氏「世界は今日、宝を失った」

ビンス・マクマホン氏(同氏のXから)

日本マットで絶大な人気を誇った米国人プロレスラー、ハルク・ホーガンさん(本名テリー・ボレアさん)が24日、心臓停止のために死去した。71歳だった。WWEの元CEO(最高経営責任者)だったビンス・マクマホン氏(79)はX(旧ツイッター)を更新。「世界は今日、宝を失いました」とつづった。

同氏は「ハルク・ホーガンはWWE史上最高のスーパースターであり、世界中で愛され、尊敬されていました。先駆者であり、プロレスのスターから世界的な現象へと転身した最初のパフォーマーでした。彼は私たちにお気に入りのキャッチフレーズを1つ残した。『トレーニングして、ビタミン摂取して、祈りをささげなさい』と。今日、私たちは彼のために祈ります」と追悼した。

ホーガンさんとマクマホン氏は80年代、WWF(現WWE)が全米規模へと人気拡大する原動力だった。当時、ホーガンさんのファンが「ハルカマニア(ハルク狂)」と呼ばれていたことにあやかり、今や年間最大の祭典となる「レッスルマニア」がマクマホン氏の発案で誕生。ホーガンさん自らも85年3月の第1回大会(米ニューヨーク・マディソンスクエアガーデン)でミスターTと組み、ロディ・パイパー、ポール・オーンドーフ組と対戦。87年3月の第3回大会、88年代4回大会では「人間山脈」アンドレ・ザ・ジャイアントと戦った。03年のレッスルマニア19大会ではマクマホン氏とホーガンさんのどちらがWWEの成功に貢献したかを巡る抗争展開で両者が対決していた。

90年代にはマクマホン氏と裁判を巡って不仲となり、WWFのライバル団体WCWでヒールに転向。日本でも蝶野正洋、武藤敬司が盛り上げたNWOに加入して「ハリウッド・ホーガン」に変身。WCWが一時期、WWFを上回るに人気を誇るほどの活躍をみせ、WCWが経営破綻した02年までWWFに戻らなかったこともあった。05年にはWWE殿堂入り。WWEキャリア最後の出演は今年1月、米ロサンゼルスで開催されたロウ大会のNetflixプレミアが最後となった。