【新日本】本間朋晃が地元山形で引退を発表、首の状態悪く「プロレスは厳しい世界なんで」と決意

地元山形で引退を発表した本間朋晃(C)新日本プロレス

新日本プロレスの本間朋晃(49)が4日、地元山形で引退を発表した。

山形・東根市出身の本間は、同日の山形ビッグウイング大会の第1試合の前にリングに登場。引退を発表した。

首の検査の結果が芳しくなく、悩んだ末に現役続行を断念。しかし、引退試合をするためにコンディションを整え、来年に開催される山形大会で引退試合を行う意向だという。

本間はバックステージでメディアに対応し「悩みに悩みました。引退することを決めました。もう、大好きなね、プロレスを、30年やれたこと、幸せですけども、もう悩んで悩んで決めました。引退します。で、引退したら、昔のように、新日本プロレスのファンに戻りたいなと思います。ファンとして応援したいなと思ってます」と表明した。

本間は引退を決意した時期については「『レスリングどんたく』のシリーズが終わって、首の調子がよくなくて…でですね。まあでも、それでもできるのかなって思ってたりはしたんですけど、やっぱりできるのかできないのかわかんない状態でできるようなプロレスじゃないんで。プロレスは厳しい世界なんで。……なんで、悩んだんですけど引退を決めました」と説明。

引退試合については「全然決めてはないんですけど、やっぱり山形のデカイ所でやりたいですね。で、“おお、山形ってこんなプロレスがあるんだ”っていうのを再確認した上で辞めたい。たくさんのお客さんに来ていただきたいですね」と希望した。

引退を発表した時のファンの反応について聞かれると「みんな(引退を発表するとは)思ってなかったと思うんですけど。まあでも、言い返れば、それだけ僕が元気に見えたってことで、それならそれですごくよかったなと思います。僕が目指してる、“プロレスで皆さんに元気になってもらいたい”っていうのが伝わったんだなっていうのを、あらためて思いましたね。僕の首の調子が悪いながらも、元気いっぱいに見えたんだなと思うと、それはそれでよかったですし……ダメダメ、もうこれ以上しゃべったら泣けてくるから、もう……」と涙をにじませた。

2018年に大ケガ(中心性頸髄損傷)からの復帰戦をした思い出の会場での引退発表。本間は「やっぱね、デビューは栃木(益子町)だったんですけど、2度目のデビューは2018年6月23日、ここだと思ってるんで。生まれた町……みたいな思いがありました」と振り返り、「ともかく、僕はもうプロレスが大好きなんで。引退試合に向けて、最高の……決めたからには、発表したからには、もう引退に向けて突き進むしかないんで。引退に向けて、最高のこけしを披露したいなと思います」と意気込んだ。

一番印象に残っていることについても「そうですね、やっぱり……(この会場は)ダメだと思ったことをかなえた会場なんで…。2018年6月23日ですね。この会場が一番、思い出に残ってますね。ありがとうございました」と話した。

1度新日本の入門テストに落ちている本間はデスマッチで活躍した大日本や全日本を経て、09年に新日本に正式に入団。真壁刀義とのタッグで15年、16年とワールドタッグリーグを連覇し、IWGPタッグ王座も獲得した。

17年3月3日、沖縄大会で邪道のグリーンキラー(ハングマンDDT)を受け緊急搬送された。四肢が麻痺したが、その後回復し中心性頸髄損傷と診断された。

18年6月23日、山形大会で477日ぶりに試合に復帰。真壁らと組んだ10人タッグ戦で小こけしを披露し、真壁のフォール勝ちをアシストした。