稀勢の里の武器は、左のおっつけだった。左から相手の肘をしぼり上げると、相手の体が浮き上がった。右利きなのに、なぜあれほど左が強いのか? 7年前の5月、こう教えてくれた。

「野球をやっていた小学生のころ、左脇がこんなに空いて、『帽子を脇にはさんでおけ』って言われた。キャッチボールの時もバッティングの時もはさんでおく。小さい時の繰り返しでこうなったんでしょう。握力は右の方が強い。箸も左で使える。携帯メールも左手だけで打つ。中学の時、右腕を骨折したことがあって、右を使えなかったから、ずっと左を使っていた。歯も左で磨けますよ」

そんな左の胸や肩のケガは、致命傷になった。

稽古場では、いつも試行錯誤していた。鏡の前で体や動きを常に確認した。「先代はよく『昔は鏡がなかったから、影で自分の動きを確認した』と言っていた。鏡が貴重だったんでしょう。バランスを一番見ているんです」。

引退を決め、親しい人にはすでに「高安を横綱にしないといけない」と話しているという。研究熱心だったこともあり、いい親方になることは間違いない。【佐々木一郎】