稀勢の里に来場所進退問題も 横審の温情見解も変化

稀勢の里が休場し、千代大龍の不戦勝の幕が掲げられた(撮影・狩俣裕三)

 横綱稀勢の里(31=田子ノ浦)が土俵際へ追い込まれた。年6場所制となった1958年以降の横綱では6人目となる、5場所連続休場。19日、日本相撲協会に「左大胸筋損傷疑い、左前胸部打撲で3週間の安静とする」との診断書を提出した。東前頭2枚目の嘉風に敗れて1勝4敗、3日連続の金星配給となった前日5日目の取組で負傷した。横綱の5場所連続休場は、03年秋場所まで6場所連続で休場した武蔵丸以来。29日の横綱審議委員会(横審)では、進退問題が浮上する可能性も出てきた。

 「やると決めたら、最後までやり抜く」と話していた稀勢の里が、その翌日には正反対の回答を出した。5日目の朝稽古後に初場所の皆勤を宣言したが、師匠の田子ノ浦親方(元前頭隆の鶴)に6日目朝、休場の意思が固まったと電話で連絡した。稀勢の里はこの日、公の場に姿を見せなかったが、田子ノ浦親方は「悔しいし、歯がゆいと思う」と、5場所連続休場に至った思いを代弁した。

 5日目は嘉風に屈辱的な負け方をした。土俵下に真っ逆さまに押し倒され、横綱では65年ぶりに5日目で4敗目。古傷もある左胸を痛めた。取組後、稀勢の里は約10分間部屋を訪れた。出場については「1度様子を見たい」と師匠に伝えてその場を去ったが、深夜に電話で「出場は厳しい」と連絡した。田子ノ浦親方からは「1回様子を見よう」と促され、この日の朝まで待ったが「本人がやっぱり厳しいということでした」(田子ノ浦親方)と、都内の病院での診察結果をふまえ、休場を正式決定した。

 横審の北村正任委員長は1月5日の稽古総見後、精彩を欠く稀勢の里に対し「けがが治り切らず、とても15日間は続けられないというのならば、出ない方がいい」と全休しても進退を問わない意向を示していた。だがこれで最近5場所は全休の昨年秋場所を除き、出場しては途中休場の繰り返し。温情に反する今回の休場で空気が変わり始めた。山科審判長(元小結大錦)も進退問題について「そう言われるでしょうね、たぶん」と敏感に察していた。

 北村委員長はこの日「本場所後に委員の皆さんの意見を聞いてからお話ししたいと思います」とコメントした。稀勢の里が議題に上がるのは必至。自身も相次ぐ故障に苦しんだ芝田山親方(元横綱大乃国)は「いつまでもそういうこと(休場)ができる立場ではないと本人も分かっているでしょう」と、重圧との闘いも横綱の宿命と指摘。師匠は「まだ改善の余地はいっぱいある」と復活を期待。3月の春場所で負けが込めば、年6場所制となった1958年以降では最短の横綱在位7場所での引退の可能性も出てくる。これ以上、不名誉な記録をつくるわけにはいかない。【高田文太】