阿炎“心の師”鶴竜破り思わず涙「夢かないました」

鶴竜(左)を突き出しで破る阿炎(撮影・岡本肇)

<大相撲名古屋場所>◇5日目◇12日◇ドルフィンズアリーナ

 東前頭3枚目の阿炎(あび、24=錣山)が“心の師”と仰ぐ横綱鶴竜を破る金星で、涙を流して喜んだ。立ち合いから、攻めに攻めて突き出す快勝。5月夏場所の横綱白鵬撃破に続く、2場所連続の金星となった。16年九州場所から約1年間、付け人を務める中で、今も尊敬してやまない存在となった鶴竜を2度目の対戦で破り、恩返しを果たした。

 わずか1年余り前まで、横綱と付け人の幕下力士という関係だった。それが結びの一番で、座布団を舞わせる強敵となって立ちはだかった。阿炎が、究極の下克上をやってのけた。「鶴竜関には感謝しかない」。取組後、鶴竜と土俵に向かって深々と頭を下げた。座布団の1枚が顔面を直撃したが、痛みなど感じている暇はなかった。金星は、すでに先場所で経験しているが格別だった。遠い存在を超え、こみ上げるものがあった。「人前では我慢したけど」と、花道を過ぎると涙をこらえられなかった。

 「とにかく攻めようと思っていた。攻めて負けたら仕方ない」。もろ手突きの立ち合いから突っ張り続けた。1度は押し込まれたが「夢中だった。(内容は)よく覚えていない。下は向かず、ずっと横綱だけを見ていた」と、構わず前に出続けた。付け人となってすぐに、鶴竜から1日300回の腕立て伏せを命じられ「300回も!?」と驚いたこともあったが、その成果をまざまざと見せつけた。

 十両から陥落し、幕下でくすぶっていた時に付け人を務めることが決まった。当時は負け越しが続き「オレなんか続けていても意味がない」と、実は知人を介して再就職先が内定していた。「師匠から勉強してこいと言われ『何が勉強だ』と思っていた」。だが人にあたることも、人のせいにすることもなく、黙々と努力を続ける鶴竜の人柄に触れて人生が変わった。鶴竜のようになりたい、認めてもらいたい、戦いたい。そして、勝ちたいという夢ができた。「あの時代がなかったら相撲をやめていたかもしれない」と振り返る。

 今場所前も部屋に稽古をつけに来てもらった。7番取って全敗と歯が立たなかったが、一番一番が勉強になった。いつも阿炎の成長の陰には鶴竜がいた。「1つの夢がかないました」。対戦できただけで満足だった初顔合わせの先場所。そこから大きな大きな1歩を踏み出した。【高田文太】