「怪物」と呼ばれた男が電撃引退した。大相撲で幕内優勝1度、最高位関脇で西前頭13枚目の逸ノ城(30=湊)が4日、10年間の土俵人生に別れを告げた。
東京・両国国技館で師匠の湊親方(元前頭湊富士)とともに会見し、急の決断を発表。持病の腰痛が深刻化したことを理由とした。親方などで残らず日本協会を離れるが、今後の人生に関しては「まだ考えが決まらない」と明言できなかった。
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逸ノ城の力士人生は、自身すら予期できない形で幕を閉じた。慢性化していた腰痛の限界を訴え、突如引退を表明。「歩くのも、横になるのも痛い状態だった」。発表の2日前に師匠の湊親方と直に話し合って結論を出した。「体のことは本人にしか分からない。何時間も話しましたが、意思が固かった」と同親方は慰留はしたと強調した。
体重219キロは現関取の中で最重量。右四つからの豪快な攻めは、まさに怪物の名にふさわしかった。10年3月に照ノ富士らと鳥取城北高に相撲留学し、14年初場所に幕下15枚目格付け出しで初土俵。所要4場所で幕内に駆け上がった。まげさえ結えず、ざんばら髪で迎えた14年秋場所では大関稀勢の里、横綱鶴竜を撃破。横綱白鵬に敗れて100年ぶりの新入幕優勝こそ逃したが、13勝で殊勲賞と敢闘賞を獲得した。将来は大関、横綱になり得る逸材と好角家たちからの期待も大きかったが、その後はヘルニアなど、けがに苦しみ勝ち越しと負け越しを繰り返した。最高位は関脇。幕内優勝も昨年7月の名古屋場所の1回にとどまった。
昨年12月にはコロナ対策のガイドライン違反で1場所の出場停止処分を受けたが、全休明けの先場所は14勝1敗で十両優勝。14日に初日を迎える夏場所での2場所ぶり再入幕を決めたばかりだった。その矢先。本人すら、気持ちの整理ができていない。21年9月に日本国籍を取得したが、親方などで協会には残らない。「急だったので…。今のところ、何も考えられない」と不透明な先行きに表情はさえなかった。【平山連】
◆逸ノ城駿(いちのじょう・たかし)本名・三浦駿。1993年4月7日、モンゴル・アルハンガイ県生まれ。ゲルと呼ばれる移動式住居で生活していた遊牧民で、小中学校は約20キロ離れた村に兄弟3人でゲルに住みながら通学。10年に鳥取城北高へ相撲留学。13年に全日本実業団選手権を制覇し、幕下15枚目格付け出し資格を得て湊部屋に入門。14年初場所で初土俵、同年秋場所新入幕。同年九州場所新関脇。21年9月に日本国籍取得。優勝1回。殊勲賞3回、敢闘賞1回。金星9個。得意は右四つ、寄り。191センチ、219キロ。