宮城野部屋師匠代行の玉垣親方「外出自粛」など厳格3カ条 再発したら「部屋も力士もアウト」

師匠代行に任命され、宮城野部屋に到着した玉垣親方は、集まった記者に「深刻な状況です」と語る(撮影・宮崎幸一)

大相撲宮城野部屋の「師匠代行」玉垣親方(59=元小結智乃花)が、同部屋の全力士らに「外出自粛」などの厳しい制約を課す考えを明らかにした。

春場所(3月10日初日、エディオンアリーナ大阪)を控えた27日、日刊スポーツの取材に応じた。元幕内北青鵬の暴力問題により監督責任が問われた宮城野親方(元横綱白鵬)が師匠を外されたことに伴い、同じ伊勢ケ浜一門・大島部屋部屋付きの同親方が“先生”役として抜てきされ、大阪市内の宮城野部屋に合流。日本相撲協会は、28日から部屋の指導、監督を行う役目に就くと発表した。

危機感が強いからこその厳格な対応だ。玉垣親方は、春場所終了時点まで<1>外出は自粛<2>会食は禁止<3>後援者との交流も禁止にするという3点の徹底を促すと明言した。恒例となっている部屋単位での千秋楽パーティーも中止。「厳しいかもしれないが、状況は深刻。宮城野部屋にとって試練の時です」と説明した上で、「宮城野部屋がない状態として指導するようにと言われている。仮に再発があった場合、部屋も力士たちもアウト」と口にした。

今月23日、元幕内北青鵬による暴力行為を受け、監督責任を問われた宮城野親方は委員から年寄へ2階級降格、3カ月の20%報酬減額処分を日本相撲協会が決定。一方、弟子の北青鵬は引退に追い込まれた。理事会では同親方の師匠としての素養と自覚が欠如しているとして、春場所は所属する伊勢ケ浜一門の別の親方が宮城野部屋の師匠代行を務めることも決めた。水面下で協議が進み、一門内の部屋付き親方のうち最年長で、親方としての指導歴が長い玉垣親方が任命された。

急な打診に驚きながらも、迷いはなかった。「一門として協力し、誰かが引き受けないといけないと思いました」との強い責任感から承諾した。師匠代行として最初に行う仕事は決まっている。「まずは部屋に関わる全員に、現状をちゃんと把握、自覚してもらう。その上で、責任ある行動を取ってもらって、心構えをしてもらうのがスタート」と強調。厳しい船出だが、「前を向くしかない」と声を潜めた。【平山連】

◆玉垣伸哉(たまがき・しんや)本名・成松伸哉。1964(昭39)年6月23日生まれ、熊本・八代市出身。日大相撲部出身で卒業後は山口県内の高校で体育教師をしていたが、大学後輩の舞の海の活躍に刺激を受けて27歳で力士に転身。異色の経歴もあって「センセイ」の愛称で親しまれた。立浪部屋所属で右四つ、下手での相撲が得意。技能賞2回。現役中の決まり手数は舞の海より1つ多い34種類。最高位は小結で、01年10月に引退。06年3月に年寄「浅香山」から「玉垣」に変更し、現在は大島部屋の部屋付き親方を務めている。

◆宮城野部屋問題 元幕内北青鵬が弟弟子2人に対して暴力行為を行っていたことが判明。監督責任を問われた師匠の宮城野親方(元横綱白鵬)が委員から年寄への2階級降格と3カ月の20%報酬減額とする処分を受け、北青鵬は現役引退に追い込まれた。一連の処分を受け、日本相撲協会は3月の春場所は所属する伊勢ケ浜一門の別の親方が師匠代行を担うと決め、大島部屋の部屋付き親方の玉垣親方(元小結智乃花)が務めることになった。また、4月以降は同一門が宮城野部屋を預かることになっている。

◆宮城野部屋 初代は1796年(寛政8)3月に引退した関脇宮城野錦之助が興した。その後は後に第24代横綱に昇進した、鳳谷五郎が部屋を引っ張った。7代続いた後に途絶えていたが、第43代横綱吉葉山が独立から2年後の1960年(昭35)に、8代目の年寄宮城野を襲名し、宮城野部屋となった。白鵬を入門時から育てた12代(元前頭竹葉山)と年寄「間垣」を名跡交換し、2022年7月に部屋を継承した。現役力士は、元幕内の20歳伯桜鵬らアマチュア時代から実績のある有望株に加え、頸部(けいぶ)椎間板ヘルニア4場所連続全休中の元幕内の炎鵬など計17人(引退の北青鵬を除く)。部屋付きに間垣親方(元幕内石浦)。行司の式守誠輔、呼出の隆二、床山の床竣、床元も所属している。