【こんな人】元白鵬は本来、人を喜ばせるのが大好きな人 こんな形で離れてしまうのは悲しすぎる

日本相撲協会を退職する元横綱白鵬の宮城野親方(2024年2月撮影)

大相撲で歴代最多45度の優勝を誇る、元横綱白鵬の宮城野親方(40)が、日本相撲協会を退職することが正式決定した。

同協会は2日、東京・両国国技館で臨時理事会を開催。宮城野親方が9日付で退職すると発表した。宮城野親方が師匠を務めていた旧宮城野部屋で昨年、弟子だった元前頭北青鵬の暴力が発覚。監督責任を問われ、2階級降格などの処分を受け、部屋は閉鎖、昨年4月に師弟ともに伊勢ケ浜部屋に転籍していた。部屋再興の道筋が見えずに退職を決意したが、この日、協会が発表した文書とは食い違った。後味の悪い形での退職となった。

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親方が経営するちゃんこ屋に、私が他競技の人を連れて食事に行けば、必ず席に顔を出してくれた。

次回またうかがうと、実績を挙げた同席者のために15日分の大入り袋にサインをして、額縁に入れて準備までしてくれていた。こちらからお願いしたわけでもないのに、喜んでいる顔を見せると親方は喜んでくれた。私の担当時代は、年に1回は白鵬会として各社の担当記者と会合を開いていた。12年名古屋場所前の白鵬会ではアイスペールになみなみと注いだ酒を飲ませるので、翌日は仕事にならなかった。ただ、その会場は元琴光喜さんの店で、少しでも売り上げになればと設定していた。本来は人を喜ばせるのが大好きな人だ。

再興決定後の宮城野部屋の場所は、東京都中央区にある屈指のパワースポット小網神社の近くで決定していたという。日本橋、銀座にも近く絶好の場所だ。国内外の観光客も行きやすい。ただ、部屋の再興が決まってから建設をスタートしても1年はかかる。再興決定までもう1年となると最低でも2年を要することとなり、別の道を歩むしかなかった。

行動が行きすぎてしまった時、実績が突き抜けているため、周囲の人が恐れ多く感じて忠告できなかった面もある。大きな額の資金を持ち逃げされたこともある。でも11年東日本大震災の時は率先して被災地を回ったし、白鵬杯など相撲の普及にも一生懸命だった。一人横綱の時代を支えたのも白鵬だった。こんな形で大相撲から離れてしまうのは悲しすぎる。

今後はどうするのだろう。「白鵬杯を東京ドームで」や「『国際相撲協会』を立ち上げての別組織の設立」は決して夢物語ではない。実際、後援会のいくつかは解散せずに存続するという。大相撲は続くし、親方の人生は続く。誰も得しない終わり方になってしまったのは残念でならないが、大横綱がこんな終わり方をするのは最後であることを願う。【11~12年大相撲担当=高橋悟史】