<大相撲秋場所>◇千秋楽◇28日◇東京・両国国技館
大横綱への第1歩を踏み出した。昇進2場所目の大の里(25=二所ノ関)が、2場所ぶり通算5度目、横綱として初優勝を飾った。横綱豊昇龍(26=立浪)との本割は、押し出しで敗れて13勝2敗で並んだ。09年秋場所の朝青龍と白鵬(優勝は朝青龍)以来、16年ぶりとなった横綱同士による優勝決定戦にもつれたが、寄り倒して雪辱した。本割前まで不戦勝1つを除き1勝6敗だった“天敵”豊昇龍を退ける優勝で「大の里時代」到来を予感させた。
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大の里の強さの源は恵まれた体格でも、天性の運動神経の良さでもない。「努力する才能」。そう断言するのは、アマチュア相撲で日本代表の三輪隼斗さん(30=ソディック)。大の里が小学生のころから憧れ、今も敬意を表する人だ。三輪さんは新潟・能生中、海洋高、日体大で相撲部に所属。6学年下の大の里が、同じキャリアを歩むのは、三輪さんへの憧れだった。その憧れの人が「悔しい気持ちを常に持っている。それが向上心となって努力する。その努力する才能が、誰よりもすごい」と手放しで褒めた。
金沢市で行われた高校の全国大会の団体戦決勝で、海洋高3年時の三輪さんが大将として出場して優勝した。その姿を見た、当時小学6年の大の里は、同じ石川県出身と知って、同じ道を歩みたいと考えた。「本人も照れがあると思うので、直接『憧れでした』と言われたことはないです。でも報道でそれを聞いてうれしかったし、慕ってくれる弟みたいな存在」という。三輪さんは初めて会った小学生の時は「手足が長い」と、体格面に目を奪われた。大の里が高校2年時にOBとして接すると「1学年上の子よりも立ち合いの圧力が強かった」と運動神経に驚いた。今、最も強く感じるのが「努力する才能」だ。
幕内経験者で幕下の北の若に、高校時代の大の里は勝てなかった。「意識する相手に硬くなってしまうのは、今も同じかもしれません。本人もそれを分かっていると思う。普段の力を出せるように、とにかく基礎をみっちりやって、地力をつけようとしていた。地力で勝る。遠回りで、気が遠くなるようなことを平気でできる。これは才能です」と舌を巻いた。
新横綱の名古屋場所でも対面し、三輪さんの同期1人と大の里、その付け人2人で食事した。会えば先輩後輩の関係は変わらず、三輪さんがごちそうし「まあまあ、かかりました」と苦笑い。ただ「昔と変わらず相撲が大好きな印象。相撲の話が多かった」と、憧れの人だからこそ、技術面の質問もされたという。「あれだけ相撲と向き合えるのはすごい」と、努力する才能と同様、探求心も超一流と感じていた。「強くなりたい」と、新潟県への相撲留学を決意させた憧れの人が、今はむしろ敬意を表してやまない。【高田文太】