村田兆治さんから最後に聞いた言葉

<「指導者や親になったとき子どもに何を伝えるか」>

村田兆治さんとは8月25日、新潟・佐渡島で開催された中学生の野球大会「離島甲子園」でお会いしたばかりでした。

当日の朝、球場の入り口で村田さんの到着を待っていると、数年ぶりの再会となるあいさつもそこそこに言われました。

「日刊スポーツも、野球界、スポーツ界に恩返しをしなければいけない。社会還元が大事なんだ。今日はそういう機会だから、しっかり取材して報道してください」

離島甲子園は村田さんの提唱によって2008年に始まったもので、コロナ禍による中止を挟んで今年で13回目でした。大島(東京)隠岐の島(島根)種子島(鹿児島)上島町(愛媛)八丈町(東京)壱岐市(長崎)佐渡市(新潟)五島市(長崎)石垣島(沖縄)対馬市(沖縄)など、各地を回って開催してきました。

巨人菊地大稀投手は第7回大会に出場しており、同大会の経験者としては初のプロ野球選手となっています。村田さんは、菊地投手がプロ入りしてからも電話などでアドバイスを送っていたそうです。

試合が終わった後は野球教室が行われました。印象的だったのは、村田さんが中学生に話しかけていた言葉です。

村田さんが率いる「まさかりドリームス」の袴田英利氏、水上善雄氏、鈴木健氏が技術指導をしているとき、村田さんは選手たちが並ぶ間を歩き回り、中学生に話しかけるのです。

「水上さんたちが言っていること分かるか? そうか。よく覚えておくこと。そしてな、島に戻ったら後輩に伝えるんだぞ。それが大事なんだ」

「将来の夢は何だ? プロ野球選手か。プロになっても、島に戻って子どもたちに野球を教えるんだぞ」

「自分がうまくなることばかりじゃなくて、島の野球を引っ張っていくつもりでやるんだぞ」

朝、あいさつしたときの言葉も含め、村田さんが言いたいことが理解できる気がしました。

自分が得たものを次世代に伝えていく。

野球に限らず、それは大切なことに思えます。私も記者としてプロ野球をはじめとしたスポーツを取材し続け、もちろん、その時々でも記事を書いてきました。ただ、まだ書き残しているのではないか。一流選手から聞いた話、言動から感じたこと、それを書くことによって、悩んだり、壁にぶつかっているジュニア選手が少しでも前向きになれれば…それがスポーツを取材してきた者の社会還元ではないかと思います。

野球教室の合間、村田さんに話しかけました。

「離島甲子園に出た選手たちがどう成長していくか楽しみですね」

村田さんは、私をチラリと見た後、視線を選手たちに戻して言いました。

「みんなプロを目指すというけど、別にプロ野球選手になれなくてもいい。指導者とか親になったとき、子どもたちに何を伝えるか。それが楽しみだよ」

これが私が聞いた、村田さんの最後の言葉になりました。

心からご冥福をお祈りします。【飯島智則】