<前編 セ・リーグ編>
2022年プロ野球ドラフトで、リトルシニア関東連盟所属チーム出身者15人が指名された。リトルシニア時代に基本を培い、高校、大学、社会人で伸ばして各球団に指名された選手たちをピックアップ。リトルシニア時代の思い出や今後への期待などを、チーム関係者に聞いた。前編はセ・リーグです。(所属は指名時、写真はチーム提供)
戸塚シニア吉島良紀監督が阪神1位森下翔太(22=中大)を語る
森下君は、中2の新チームになってから頭角を現してきました。体は大きかったのですが、どちらかというと中距離ヒッター。打順は4番を打つ力はありましたが、5番を打たせていました。
リストが強く打球に力がありました。確か、夏季関東大会だったと思いますが、江戸川中央戦で弾丸ライナーの中前に打った打球が印象に残っています。
ただ、勝負どころでしっかりと打ってくれた記憶がありません(笑い)。三塁を守っていたのですが、大事なところで悪送球したり。性格はおとなしくて、目立った選手ではありませんでしたが、練習は熱心でコツコツやっていました。
私は選手のやる気を起こさせるように言葉で伝えていきます。森下君を怒ったこともほめたこともありますが、言えば言うほど自分を追い込むタイプだったので、ほめた方が多かったかな。
東海大相模高に行って外野手になった。高校卒業の時に進路について「大学に行け」と言いました。1年でケガをしましたが、3、4年で上がってきた。コロナ禍で大学の練習ができない時に「練習させてください」と言って、うちの鴨川合宿(2泊3日)に来たこともありました。打撃が力強くなっていましたね。
ドラフト1位指名されてすぐに連絡が来ました。うちからプロ選手は10人ぐらいかな。「よかったな」と言いました。1軍で活躍したら(野球専門の)有料放送を契約しないと。
八王子シニア和田義盛監督が阪神3位井坪陽生(17=関東第一)を語る
井坪君は、中学時代から抜けていました。2年生から3年生に上がる春に一気に伸びたという印象があります。投手と三塁手をしていて、球速は135キロは出ていた。夏季関東大会では静岡裾野戦でノーヒットノーランをしています。ジャイアンツカップでは特大の満塁本塁打を打ちました。
体格はがっちり系。当時は177センチぐらいだったと思います。野球に関しては天才型で、練習はあまりしない(笑い)。打撃は広角に速い打球を打てる。チャンスに強く、スイッチが入るようで「オレが一番うまい」みたいな感じでしたね(笑い)。
性格は、ムダ口はたたかない、あまりしゃべらないタイプ。淡々として、打って当たり前、という感じでした。結果を出してくれるので頼もしい選手でした。
高校は、仲が良かった兄(朝陽=立正大)の同級生がいる関東第一高。うちのグラウンドに来て、大学かプロか迷っているようだったので「プロになりたいと言え」と言いましたが、まさか3位という上位指名されるとは思っていませんでした。すぐに電話が来て「3巡目でびっくりしました」と話していました。
「トリプルスリーを取りたい」ということでしたが、素質は持っている。チームでは5人目のプロで、これからは野球が仕事でお金をもらうんだから、やるのが当たり前になります。スイッチが入れば、いい選手になると期待しています。
相模原シニア沼田智宏監督が中日6位田中幹也(22=亜大)を語る
幹也君が入ってきた当時、私はヘッドコーチ、副監督。6年生で小さい子でした。ただ、足が速かった。守備が抜群にうまくて、中3までずっと遊撃を守らせました。
足があるので、とにかく守備範囲が広い。二遊間、三遊間のゴロに追いついていた。中学1年生のころはまだ肩ができていなかったですが、徐々に良くなっていった。
打撃も最初は苦労していましたが、3年生のころには打球の速さも出てきていました。
走塁はうまかった。一塁に出た時のスタートの勘が良くて、盗塁して二塁でアウトになったのは見たことがない。勝手に走って、気づいたら三塁にいたということもありましたね(笑い)。
性格はおとなしい。グラウンドの中では淡々とやっていましたね。結果を出したいという思いは強く感じました。中学の時は身長150センチあるか、きわどかった。プロに行くという感じはありませんでした。
東海大菅生に進学して、高2で甲子園にでたのが大きかった。亜大に進んで、プロへの道が開けたんだと思います。
中日のバンテリンドームでは、本塁打を30本打つ、ということはないと思いますが、二遊間で出場するチャンスはあると思います。
年明けにグラウンドに来てくれるそうです。後輩の刺激になるでしょう。子供たちとキャッチボールをしてもらえたら十分です。