<沼本忠次の「鉄路をつなぐ」⑭「鉄道の父」井上勝―生涯を鉄道に捧げた男―>
「鉄道の父」と呼ばれる井上勝は1843年(天保14)8月25日、長州藩士井上勝行の三男として生まれました。藩校時代から頭角を現し、江戸や長崎で用兵学、砲術学を学びました。幕末の1863年(文久3)に19歳で長州藩を脱藩。長州5傑のうちの1人として英国へ密航。英国文化に接し、鉱山や鉄道土木の技術を5年間学びました。1868年(明元)に26歳で帰国、後に政府の鉄道官僚となり鉄道建設技術者として将来を託されたのです。
明治維新後、鉄道掛は鉄道寮と改組。井上は1871年(明4)に鉄道建設初代最高責任者の鉄道頭に任命されました。外国人鉄道技術者と対等に渡り合う井上は周囲からの信頼も厚く、自ら現場に赴き陣頭指揮を執りました。その後、鉄道局長、鉄道庁長官などを歴任。鉄道の国有化成立へと導きました。
退官後も民間の「汽車製造」の社長に就任しましたが、1910年(明43)に欧州鉄道視察中のロンドンで客死。66歳でした。井上らしく、品川の東海寺大山墓地で眠り、東海道新幹線、東海道本線に挟まれた所から鉄道を見守っています。東京駅丸の内広場に銅像が建立されています。
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