十河信二は1884年(明17)4月に愛媛・新居浜市で誕生、その人生は弾丸列車のようでした。十河は後藤新平からの信頼が厚く、1909年鉄道院に就職。後に中国に渡り、南満州鉄道の理事を経て39年(昭14)に帰国しました。一方、当時の国鉄は怪事件・事故が続き、国鉄総裁のなり手がなかった状態でした。
十河は55年に71歳で第4代国鉄総裁に就任すると周囲の反対を押し切り、明治末期から議論されてきた広軌鉄道(新幹線と同じ軌間1435ミリ)を推進。元技師長の島秀雄を迎え入れ、調査・研究を重ねました。建設資金は世界銀行の借款で調達するも、当初の計画以上に建設費がかさみ、63年に引責する形で退任しました。
翌年10月1日に世界に誇る東海道新幹線が開業。世間は十河を「新幹線の父」と評したのです。
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